の落葉して
 たえず啼いてさわがしい鳥が葉のない木
 腹が鳴る、それに耳をかたむけてゐる私
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 二月八日[#「二月八日」に二重傍線]

あたゝかい雨、もう春が来たかと喜ばせるやうな。
朝、樹明君が見舞に来てくれた、貧乏見舞に! そして、雨の其中庵はなか/\よいなあといふ、しめやかなものですよと私が答へる、お茶をのんで別れた。
いよ/\食べる物がなくなつた、明朝までも[#「も」に「マヽ」の注記]餓死もすまいて。
朝はお茶、昼は餅を焼いて、晩は野菜汁ですました、すませばすませるものである。
△ふくろうが濁つた声でヘタクソ唄をうたつてゐる、どこかにひきつけるものがある、聞いてゐると何となく好きになる、彼と私とは共通な運命を負うてゐるやうだ。
夜、樹明君再来、第六感を働らかして、白米を持つてきてくれた、何よりも有難い品だつた、千謝万謝。
一人となつて、このまゝ寝るのは何だか物足らないので、その米を一握りほど粥にして食べた、まことにしみ/″\と食べたことである。
△貧乏、といふよりも缺乏[#「缺乏」に傍点]は私を純化する、そして私を私の私[#「私の私」に傍点]たらしめる。
多少の発熱、からだがだるくて発散するやうな気分、これも悪くない、現実を二三歩遊離した思索にふけつた(風邪をひきそへたのだらう)。
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・めつきりぬくうなつた雨のしづくする雑草
・足音は郵便やさんで春めいた雨
・食べる物がなくなつた雨の晴れてくる
 ゆふべはさむいふくろうのにごつたうた
 ゆふべつめたく屋鳴りした
・冬夜ふければ煮えてこぼれる音のある
   樹明君に
・冬月夜、手土産は米だつたか
 朝から雪の掃いてある墓場まで
   樹明君に
 月かげまつすぐに別れよう
・地べた月かげあたゝかう木かげ
[#ここで字下げ終わり]

 二月九日[#「二月九日」に二重傍線]

晴曇さだめなし、風邪発熱、だるくて慾望がない。
いろ/\の手紙がきた、手紙は差出人の心を表白すると同時に受取人の心をも表白せしめる。
はじめて、雲雀の唄[#「雲雀の唄」に傍点]をきいた。
買物いろ/\、すぐまた無一文、それでよい/\。
一杯やるつもりで仕度をして樹明君を待つ、やつてきてくれた、気持よく飲む、ほろ酔機嫌で街へ出かける、そこで一杯、また一杯、すこしワヤをやつて、それ/″\の寝床へもどつて寝た。
[#ここから2字下げ]
  今日の買物
一金拾三銭  醤油二合其他
一金壱円   酒壱升
一金拾弐銭  ゴマメ五十目
一金五銭   切干百目
一金七銭   バツト一個
一金四銭   なでしこ一袋
一金七銭   鰯一くぎり
一金五銭   竹輪一本
一金弐銭   しようが一ツ
一金四銭   酢一合
一金十銭   古雑誌一冊
一金三十銭  酒代借払
一金十弐銭  小口色し
一金十銭   切手十枚
一金五銭   酒粕百目
一金十銭   煙管弐本
[#ここで字下げ終わり]

 二月十日[#「二月十日」に二重傍線]

天地清明、私もその通り。
樹明君、朝、来訪、昨夜のワヤはわるくなかつたやうです。
午前は漫歩、飲みたくなれば酒屋で一杯、喫ひたくなれば煙草屋で一服、ひもじくなつてパン屋でパンパン!
とにかく、すべてがよろしい。
△執着しないのが、必ずしも本当ではない、執着し、執着し、執着しつくすのが本当だ、耽る、凝る、溺れる、淫する、等々の言葉が表現するところまでゆかなければ嘘だ、そこまでゆかなければ、その物の味は解らない。
今夜の月はよかつた、冬の月でもなし、春の月でもなし、たゞよい月であつた。
夜、宿直の樹明君から来状、来てくれといはれては、行きたい私だから、すぐ行く、冬村君ともいつしよになつて、飲んで話して、そして書く。
おとなしく別れて戻つた、まことに、まことによい月であつた、月夜のよさをよく味はつた。
とろ/\こゝろよいほどの発熱(風邪もわるくない!)
[#ここから2字下げ]
 水底の岩も春らしい色となつた
・草の芽、めくらのおばさんが通る
・春は長い煙管を持つて
 君こひしゆふべのサイレン(!)
・冬の山からおりてくるまんまるい月
・枯枝をまるい月がのぼる
・月へいつまでも口笛ふいてゐる
・月のよさ、したしく言葉をかはしてゆく
・月のあかるさが木の根
[#ここで字下げ終わり]

 二月十一日[#「二月十一日」に二重傍線] 紀元節、そして建国祭。

晴れると春を感じ、曇ると冬を感じた、春を冬が包んでゐるのだ。
周囲を掃除しながら、心臓の弱くなつたことをまざ/\と感じた、余命いくばく、忙しいぞ。
藪椿一輪を活ける、よいかな、よいかな。
午後、風が出た。
樹明君が吉野さんをひつぱつてきてくれた、三八九第六集の裏絵として、裏から見た其中庵を写してもらつた。
おだやかな、あまりにおだやかな一日だつた。
夜は早くからぐつすりと寝た、そして夢を見た!
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・月が照らしてくれるみちをもどらう
・月かげのまんなかをもどる
・まるい月のぼる葉のない枝(改作再録)
・さらさらささのゆきあかりして(追加)
   改作
・どこかそこらにみそつちよがゐるくもり
[#ここで字下げ終わり]

 二月十二日[#「二月十二日」に二重傍線]

天地清明にして、雪花ちらほら。
朝、山路を歩くともなく歩いて、お稲荷さんに詣でた、行者一人の長日月の努力が、岩を割き地を均らして、これだけの霊場を出現せしめた事実に頭を下げる。
水仙を活ける、よいかな、よいかな、藪椿とは対蹠的な趣致がある、貴族的――平民的、洗練味――野趣、つめたさ――あたたかさ、青白い美人――肥つたお侠、等々。
夕は墓場を散歩する、墓といふものは親しみがある、一つ二つの墓はさみしいが、上にも下にも並んで立つてゐる墓石は賑やかだ、新らしいの、古いの、大きいの、小さいの、うつくしいの、かたむいたの。……
今夜は悪夢を見ないやうに祈る、昨夜はつゞけて悪夢を見た、ヱゴ諸相の連続映像!
[#ここから2字下げ]
・朝日まぶしい花きるや水仙
・けさのひざしの手洗水へあたたかく
 ここもやしきあとらしいうめのはな
・もうしづむひでささのさやさや
・ゆふべのサイレンのながうてさむうて
・暮れても耕やす人かげに百舌鳥のけたたましく
・茶の木にかこまれそこはかとないくらし(述懐)
 火を焚いて咳ばかりして
[#ここで字下げ終わり]

 二月十三日[#「二月十三日」に二重傍線]

降霜結氷、つめたいけれどうららかだ、冬三分春七分。
けさ、はじめて笹鳴が耳にはいつた、ずゐぶんヘタクソだつた、それでよろしい。
内容充実の手紙が来ないので、山口行乞を実行した、山口は雪もよひで寒かつた、行乞三時間、悪寒をおぼえるので、急いで帰庵した、途中で一杯ひつかけて元気回復。
行乞は求めてすべきものではないが、しようことなしの行乞を活かすだけの心がまへは持つてゐなければならない。
[#ここから2字下げ]
・朝月ひやゝけく松の葉に
・葉がない雲がない空のうらゝか
・枯葦の水にうつればそよいでる
・月へひとりの戸はあけとく
・伸びたいだけは伸びてゐる雑草の花
・楢の葉枇杷の葉掃きよせて茶の木の葉
  今日の行乞所得
一、米八合
一、銭二十九銭
  今日の買物
一、十五銭 シヨウチユウ
一、四銭  タバコ
一、三銭  ヤキイモ
[#ここで字下げ終わり]

 二月十四日[#「二月十四日」に二重傍線]

うらゝか、ほがらか、のどか、のどかだつた。
春ちかし、……もう春といふてもよかつた。
行乞に出かけるつもりだつたが、風邪気味なので自重して(独身者は殊に気をつけなければならない)、閑居。
夕方、樹明君が四日ぶり来庵、お土産として、ビスケツトとスルメとを頂戴した。
何のかのと用事がある、独身者は、閑なやうな忙しいやうな。
しんぢつお[#「しんぢつお」に傍点]ちき[#「ちき」に「マヽ」の注記]ました[#「ました」に傍点]、と私はすべてに報告した。
敏感な虫が灯をしたうてやつてくるやうになつた。

 二月十五日[#「二月十五日」に二重傍線] 涅槃会。

けさは早かつた、御飯をたべて、おつとめをすまして、しばらく読書してゐるうちに、六時のサイレンが鳴つた。
朝月夜がよかつた、明けゆく風が清澄だつた。
読書、読書、読書に限る、他に累を及ぼさないだけでもよろしい。
アメリカは黄金を抱き込んで、しかも貧乏に苦しんでゐる! これに似た人間が日本にも存在する、黄金を食べても餓は凌げないのだ、胃は食物を要求してゐるのだ、物そのものの意義を理解しなければ駄目だ。
くわう/\として日が昇る、かたじけないと思ふ。
小為替一枚受取つた、さつそく米と酒[#「米と酒」に傍点]とを買つた、米二升四十六銭、酒二合十八銭、そして煙草が四銭。
午後、晴れて寒い風が吹く、何となく物足らないので、樹明君を招いて一杯やりたいと思ひついたので、湯屋まで出かけた途次、顔馴染の酒屋へ寄つて、一升借入の交渉を試みたが、不調に終つた、私は断られて腹を立てるほど没常識ではないが、さりとて、借りそこねて平然たるほど没感情的でもない、貸して貰つた方がうれしかつたのが本当だ、とにかく酒一升借るだけの銭も信用もないのは事実だつた!
だいたい、掛で飲まうなどゝいふ心得は褒めたものぢやないね、もつと物に執する心持を捨てなければなるまいて。
陽が傾いて樹明来、酒はのみたし酒はなし、学校の畜舎へまでのこ[#「のこ」に傍点]/\出かけて、かしわとさけとにありつく、そしてひとりでインチキカフヱーでホツトウイスキー一杯、泥まみれになつて戻る、いのちを持つて戻つたのはまことに感心々々。
[#ここから2字下げ]
・じゆうぶんやすんだ眼があいて春
・枯木はおだやかな朝月である
・これが新国道で、あれはやきいもや(柳井田所見)
・みんな働らく雲雀のうた
・水音の藪椿もう落ちてゐる
・枯草の日向の脚がぽこ/\あるく
・咲いてここにも梅の木があつた
・朝月夜、竹藪がさむうゆれだした
・鳴るは楢の葉で朝月夜
・朝月はうすれつつ竹の葉のなかへ
・つめたく風が、私もおちつけない
・枯れつくしてぺんぺん草の花
・つゝましく酔うてゐる庵は二十日月
・やまみちのきはまればわいてゐる水(改作再録)
[#ここで字下げ終わり]

 二月十六日[#「二月十六日」に二重傍線]

けさも早かつた、四時頃だつたらう、昨夜の今朝だから、感服しても差支ない。
朝の読書はほんとうによい、碧巌第二則、至道無難、趙州和尚の唇皮禅に敬服する。
△そのものになりきる、――これこれ、これだ。
午前は雪もよひで寒かつたが、午後は晴れて暖かだつた、そこで、樹明君と会して、鰯で一杯やらうといふのだ。
焼酎即死! と思ひながら、どうしても縁が切れない。
滓を飲んで旦浦時代を追憶した、滓なんて飲む人があるからおもしろいと、あの時代は考へてゐたが、今の私はその滓でさへろく[#「ろく」に傍点]/\飲めないではないか(現に一昨日は十銭しかないので、わざ/\新町まで出かけて滓を飲んで来たやうなみじめさだ)。
焼酎を借りる、鰯を借りる、さて酒はどこから借りださうか、窮すれば通ず、要求あれば供給あり、何とかなるだらう(醤油はF家から借りた)。
夕づつかけて樹明来、やうやく一升捻出して飲んだ、よい酒だつた、うまい酒だつた、涙ぐましい酒だつたともいへよう、ハムの一きれにもまこと[#「まこと」に傍点]があつた。
よう寝た、ぐつすりと夢も見ないねむりだつた。
△私は、すべての音響を声と観じる[#「声と観じる」に傍点]やうになつた、音が心にとけいるとき、心が音をとかすとき、それは音でなくして声である、その新らしい声を聴き洩らすな。
[#ここから2字下げ]
・梅と椿とさうして水が流れてゐる
・庚申塚や左は街へ下る石ころ
・あさぐもりの垣根の花をぬすまうとする
 太陽、生きものが生きものを殺す
・寝覚しめやかな声はあたゝかい雨
・ハムは春らしい香をかみしめる(樹明君に)
[#ここで字下げ終わり]

 二月十七日[#「二月
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