に二重傍線]

毎日毎日お天気の悪いことはどうだ。
氷柱の落ちる音はわるくない。
今夜も、敬君が帰宅の途中に寄つてくれた、いつしよに街へ出かけて小ワヤ。
[#ここから2字下げ]
・さそひあうて雪の婦人会へゆく顔で
 ふうふの家鴨がつめたい地べた
・雪もよひ雪となる肥料壺のふたする
・日向の枯草をやいてゐる人一人
・この家にも娘さんがあつてきりぼしきざんでゐる
・紙反古もほつたらかして寒う住んでゐる
・みぎひだりさむいさむいあいさつ
・やうやうにして水仙のつぼみ
 寒うきて子の自慢していつた
 雪ふる大木に鋸をいれやうとして
[#ここで字下げ終わり]

 一月三十一日[#「一月三十一日」に二重傍線]

日々好日、事々好事。
朝、敬坊来、県庁行を見送る、樹明来、珍品を持つて、そして早く出勤。
粕汁はうまかつた、山頭火も料理人たるを失はない!
大根の始末をする、同じ種で、同じ土で、同じ肥料で、しかも大小短長さま/″\はどうだらう。
△切り捨てた葱がそのまゝ伸びてゆく力には驚いた。
今日から麦飯にした。
何か煮える音、うまさうな匂ひ、すべてよろし。
千客万来、――薬やさん、花もらひさん、電気やさん、悪友善人、とり/″\さま/″\。
夕方、また三人があつまつて飲みはじめた、よい酒だつた、近来にないうまい酒だつた(酒そのものはあまりよくなかつたが、うまかつた)、三人でまた街で飲みつゞけた、樹君を自動車で送り、敬君を停車場まで送つて、ききとして戻つた、よう寝られた。
落ちついた[#「ついた」に傍点]、ではなくて落ちつけた[#「つけた」に傍点]、であらう。
「ぢいさま」と或る女給が呼びかけたのにはびつくりさせられた。
これで一月が終つた、長かつたやうでもあり、短かつたやうでもある、この一ヶ月はまことに意味深かつた。
△所詮、人生は純化によつて正しくされる、復[#「復」に「マヽ」の注記]雑を通しての単純が人生の実相だ、こゝから菩薩の遊び[#「遊び」に傍点]が生れる、物そのものに還生して、そして新生がある。
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 とう/\雪がふりだした裏藪のしづもり
・まづ枇杷の葉のさら/\みぞれして
・けふいちにちはものいふこともなかつたみぞれ
・けさから麦飯にしてみぞれになつて
・雪晴れ、落ちる日としてしばしかゞやく
・あんたに逢ひたい粉炭はじく
・霜をふんでくる音のふとそれた
・右は酒屋へみちびくみちで枯すゝき
・いつも尿するあとが霜ばしら
・何だか死にさうな遠山の雪
 障子に冬日影の、郵便屋さんを待つてゐる
・ようできたちしやの葉や霜のふりざま
・ついそこまでみそつちよがきてゐるくもり
 倒れさうな垣もそのまゝ雪のふる
・地下足袋おもたく山の土つけてきてゐる
[#ここで字下げ終わり]

 二月一日[#「二月一日」に二重傍線]

雪もよひ、ひとりをたのしむ[#「ひとりをたのしむ」に傍点]。
△年はとつてもよい、年よりにはなりたくない(こんな意味の言葉をゲーテが吐いたさうだ)、私は年こそとつたが、まだ/\年寄にはなつてゐないつもりだ!
△本来の愚を守つて愚に徹す、愚に生きる外なし、愚を活かす外なし。
依頼心が多い、――この言葉ほど私の心を鋭く刺したものは近来になかつた、ああ。
△自然即入。
△生も死も去来も、それはすべていのち[#「いのち」に傍点]だ。有無にとらはれて、いのちを別扱にするなかれ。
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 また雪となり、大根もらつた
 くもりおもくて竹の葉のゆれてな[#「な」に「マヽ」の注記]る
・影が水を渡る
 影もならんでふむ土の凍てゝゐる
・夕月があつて春ちかい枯枝
・ゆふやみのうらみちからうらみちへ雪どけの
[#ここで字下げ終わり]

 二月二日[#「二月二日」に二重傍線]

早寝の早起だつた、御飯をたべて御勤をすましてもまだ明けなかつた、狐が鳴いてサイレンが鳴つた、寒い山が微笑んだ。
久しぶりに入浴、そして買物。
前のおばさんから大根を貰つた、山頭火お手づくりのものより、よく出来てゐる、干大根にでもしてをかう。
△善悪を考へる前に愛憎がある、正邪を判ずるに先つ[#「つ」に「マヽ」の注記]て純不純を思ふ。
若し私の生活――といふよりも私の句によいところがあるならば、それはマネがないからだ、コシラヱモノでないからだ、ウソがすくないからだ、ムリがないからだ。

 二月三日[#「二月三日」に二重傍線] 節分。

冷静にして明朗、つめたいけれどゆつたりしてゐる。
昼酒を味ふた、悠々独酌、二合で腹いつぱい心いつぱいになつた、これ以上は貪る[#「貪る」に傍点]のだ。
△型といふものは出来るのが本当、そしてそれを破るのが本当(これはパラドツクスめくが)。
△麦飯の嫌な人には、麦飯が麦ばかりに見えるだらう。
△無駄のある生活人に人があつまるといふよりも、缺点のある人格者に友が出来るといふ方が、ヨリ痛切であらう。
他人――殊にそれが友達、殊に殊に親友――の缺陥を見せられた場合の悲痛は自分のさうした場合よりも強い。
雑草、雑木、雑魚、雑兵、等、等、――私は雑[#「雑」に白三角傍点]といふ字のつく物事に、限りない親しみと喜びとを感じる。
学校から帰宅の途次、樹明君が寄つてくれた、誘はれて八幡宮の節分祭へ参詣する約束をした。
夕飯は煮大根(正しくいへば、焦げつかせたので、焼大根)で麦飯茶漬さら/\さら、まことに簡にして純。
数日来、風邪気味なので、着れるだけ、あるだけ着て出かける、なか/\の人出である、自動車が遠慮ぶかく乗り捨てゝある風景にも近代的地方味がある。
樹明君と合して、こゝで一杯、そこで一杯、そして私はぐる/\まはつて戻つた(この中に無意味の有意味[#「無意味の有意味」に傍点]がひそむ)。
逢はない彼女[#「逢はない彼女」に傍点]、知らない恋人[#「知らない恋人」に傍点]、何が何だか分らないのよ[#「何が何だか分らないのよ」に傍点]、といふものについて漫想した(漫想といふ言葉はどうですか!)。
[#ここから2字下げ]
・大根洗ふ指がおしへてくれる道は霜どけ
・麦飯が腹いつぱいの日向ぼつこり
・おちつくまゝに水仙のひらく
・歪んで日向の花つけた梅のよろしさ
・考へるでもなく考へぬでもなく大根洗ひつゝ
・電燈ひとつ人間ひとり
   節分三句
・さそはれてまゐる節分の月がまうへに
・月がまうへに年越の鐘が鳴る鳴る
・節分の長い石段をいつしよにのぼる
・どこかに月が、霜がふる白い道
・ふけて炊かねばならない煙がさむい
・枯野まつすぐにくる犬の尾をふつて
・そこらに大根ぶらさげることも我が家らしく
・遠い道の轍のあとの凍つてゐる
・たま/\来てくれて夕月のある空も(再録)
[#ここで字下げ終わり]

 二月四日[#「二月四日」に二重傍線] 立春。

すこし夜の雪がつんでゐる、寒いことは寒いが、大したことはあるまい。
たよりいろ/\――俊和尚、孝志君、緑平老、敬治坊、そして雑草二月号。
下痢で弱つた、酒のためか、寝冷のためか、それとも麦飯のためか、とにかく腹工合も悪いし、懐工合はなほさらよくないし、節食断酒[#「節食断酒」に傍点]の好機である、しばらくさうしよう。
△昨夜、樹明君と立ち寄つたおぢさんのところで、血書の話を聞いて、みんな微苦笑したことであつた、血書もかう流行的になつてはインチキがあるのも当然だらう、黒い心を赤い血で書いて[#「黒い心を赤い血で書いて」に傍点]、それがどうしたといふのだらう、裃をきてゐても不真面目があり、どてらをきてゐても真摯がある、シンケンらしいウソ[#「シンケンらしいウソ」に傍点]を呪ふ。
けふもいちにち、ものをいふこともなかつた、たゞ執筆し読書した、そして月のよろしさをよろこびながら寝た。
[#ここから2字下げ]
 更けゆけば咳入るばかり(述懐)
・干大根が月のひかりのとゞくところ
 月の暈、春遠くない枝に枝
・月が暈きた餅持つてきてくれた(樹明君に)
 別れよう月の輪を見あげ
[#ここで字下げ終わり]

 二月五日[#「二月五日」に二重傍線]

春近しの感がある、霜のとけるほどあたゝかい。
そこらあたりを漫歩する、漫[#「漫」に傍点]はそゞろ[#「そゞろ」に傍点]と訓む、目的意識のないことを意味する、漫談、漫読、漫想、漫生!
無為而化――そんな一日であつた、たゞ一事の記すべきがあつた、珍客来、Hのおばさんとふうちやんとが立ち寄つたのである、私は彼女等の好奇心と好意とに対して微苦笑するより外はなかつた。
義庵老師から、禅の生活と大乗禅とを六冊送つて下さつた、深謝感佩。
ぬくう暮れて、月が暈をかぶつてゐる、寝るより外なく、寝て読書してゐると、樹明君来庵、大村君を伴つて、そして餅を持つて。
その餅を焼いて食べながら話す、句の話、やつぱり句の話が一等よろしい。
[#ここから2字下げ]
・いかりおさへてさむいぬかるみもどつてきたか(自嘲)
 こやしあたへてしみ/″\ながめるほうれんさうで
・掃きよせ掃きよせた落葉から水仙の芽(再録)
[#ここで字下げ終わり]

 二月六日[#「二月六日」に二重傍線]

けさはまつたく早すぎた、御飯、御勤、何もかもすんでしまつても、まだ/\なか/\明けない、禅書を読んだ。
ぬくうてなごやかだつたが、だん/\つめたくなり、小雪ちりはじめた、畑仕事の手が寒かつた、そしてとう/\雨になつた。
今日も行乞には出かけられさうにもない、餅でも食べてをるか!
夕方、樹明君から来状、今夜は宿直だから、夕飯と晩酌とを御馳走しようとの事、大に喜んで出かける、飲む食べる話す、そして別れてHおばさんのところで、一品の二本、それから二三軒をあるきまはつて(文字通りたゞあるきまはるのである、銭もないし、信用もないから)そして戻つてきて、お茶漬を食べて、ぐつすり寝た、ああ、極楽々々。
[#ここから2字下げ]
 楢の葉のそよぐより明けそめた空
 日がのぼり楢の葉のしづか
・落葉あたたかうして藪柑子
・せなかにぬくい日のあたりどこでもよろしく
・日あたりがようて年をとつてゐる
・ぬくい日の、まだ食べる物はある
[#ここで字下げ終わり]

 二月七日[#「二月七日」に二重傍線]

けさも早起だつた、朝のうちだけでもかなり読書が出来た、書かなければならない原稿があるけれど、気乗りがしないから、裏山へ登つて遊んだ、ぽか/\とぬくい日である、かういふ日には何だか老を痛感する。
小松一本、ぬいてきてうゑた、この松の運命は。――
近来、疳の虫[#「疳の虫」に傍点]が出てきてゐる、いろ/\の事に腹が立つ、つまらない事が癪に障る、昨夜も胸中むく/\があつたので、それには何のかゝはりもない樹明君に対して礼を失したに違いないと今朝考へて恐縮してゐる、これではいけない、私は行乞のおかげで、怒るといふやうなことは忘れてゐたのだつた、もつとも、熊本では特殊の理由から疳癪玉を破裂させたが、それからはまことにおとなしいものであつた、それがM君の事やS君の策やH君の態度などによつて、ぐらつきだして、しだいにむしやくしや[#「むしやくしや」に傍点]をかもしだすやうになつた、じつさい、腹の立つうちが花かも知れない、癪にさわるものがなくなつては、生甲斐がないやうになるかも解らない、とにかく虫の事だから、よくもわるくも、虫にまかしてをくか。
久しぶりに――十日ぶりぐらいだらう――入浴して顔をあたつた、せい/\した、飯の足らないのも忘れてしまつたほど。
喫茶読書、これもよかつた、古教[#「教」に「マヽ」の注記]照心といつた気持。
腹が鳴るのはさびしいものだと思つた、その声(まさに声だ)にはさび[#「さび」に傍点]さへもあるやうに感じた。
[#ここから2字下げ]
・山ふところの啼かない鳥の二羽で
・このみちどこへゆくふかう落葉して
 おぢいさんも山ゆきすがたのぬく/\として
 日のあたる家からみんな山ゆきすがたで
・茨の実はぬくい日ざしのほうけすゝき
・なんとなく春めいて目高のあそびも
・藪柑子、こゝから近道となる落葉
         近道
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