的になるからか、それとも諦めて意気地なくなるからか、とにかく与へられたものを快く受け入れて、それをしんみりと味ふ心持は悪くないと思ふ。
句が出来すぎて困つた、おちついて、うれしかつたからだらう。
かういふ場合には、句のよしあしは問題ぢやない、句が出来すぎるほどの心にウソはないかを省みるべきである。
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・待人来ない焚火がはじく
・雪あかり餅がふくれて
焚火へどさりと落ちてきた虫で
・寒さ、落ちてきた虫の生きてゐる
・ふけて山かげの、あれはうちの灯
・冴えかえる夜の酒も貰うてもどる
・つまづいて徳利はこわさない枯草
樹明君に
・燗は焚火でふたりの夜
・雪ふる其中一人として火を燃やす
・雪ふるポストへ出したくない手紙
仕事すまして雪をかぶつて山の家まで
晴れて雪ふる里に入る
・雪がつみさうな藪椿の三つ四つ
一人にして※[#「磬」の「石」に代えて「缶」、第4水準2−84−70][#「※[#「磬」の「石」に代えて「缶」、第4水準2−84−70]」に「マヽ」の注記]の音澄む
・のどがつまつてひとり風ふく
・ふるよりつむは杉の葉の雪
雪のふるかなあんまりしづかに
・雪、雪、雪の一人
・雪はかぶるままの私と枯草
・小雪ちほ[#「ちほ」に「マヽ」の注記]ら麦田うつふたりはふうふ
雪かぶる畑のものにこやしやる
・からみあうて雪のほうれんさうは
・雪となつたが生れたさうな(樹明君さうですか)
・安産のよろこびの冴えかえる(樹明君さうでしたか)
・もう暮れたか火でも焚かうか
恋猫がトタン屋根で暗い音
・夜ふけの薬罐がわいてこぼれてゐた
雪の夜は酒はおだやかに身ぬちをめぐり
・雪がふるしみじみ顔を洗ふ
たれかきたらしい夜の犬がほえて
火鉢に火がなくひとりごというて寝る
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一月廿六日[#「一月廿六日」に二重傍線] 旧正月元日。
すこし早目に起きた、今朝、どこからも送金がないやうならば、三八九送料の不足をかせぐために山口へ行乞に出かけるつもりで。
ところが、雪だ、このあたりには珍らしい雪だ、冷えることもずゐぶん冷える、何もかも凍つてゐる。
まづ雪見で一杯といふところだらう、誰か雪見酒を持つてこないかな。
けさは驚嘆すべき事があつた、朝魔羅が立つたのである、この活気があるからこそ句も出来るといふものだ、スケベイオヤヂとけなすべからずぢや。
あんまり寒いから、餅粥をこしらへて腹いつぱい詰めこんだら、すつかりあたゝかくなつた。
雪景色はまことにうつくしい、枝や葉につもつた雪、ことに茶の木、松の木、南天の雪、とりわけて柿の裸木にところ/″\つもつた雪、柿がよみがへり、雪がいき/\とする、草の芽がすこし雪の下からのぞいてゐるのはいぢらしい。
△雪の風情は雪を通して観る自分の風姿である。
樹明君から来信、子がうまれ句がうまれる、祝祷々々。
地下足袋はいて雪風にふかれて、駅のポストまで、樹明君へよろこびのはがきをだすために。
帰途、風邪をひきさうなので、例の店に寄つて一杯ひつかける、むろんカケで。
雪見に酒がないのは、かへつて雪をよく見ることができる、料理にダシや味の素をいれないとき、その物のうまさがわかるやうに。
午後、態人が樹明君の手紙を持つて来た、これは意外な好消息だつた、待つものは来ないで待たないものが来た、何はともあれ、ぜひはやくいらつしやい、一升さげてよ、待つてる/\。
△雪のしづけさ(雪のさびしさではない)、雪のしゞま[#「雪のしゞま」に傍点]を感じる、それは自己観照である。
わらやつもる雪(庵もさうだ)はよいなあと思ふ、私の短冊掛には井師の句がはさんである、『和羅也布流遊支津毛留』
雪の大根をぬいてきて、豚の汁で煮る、火吹竹でふう[#「ふう」に傍点]/\やつてゐるところへ、樹明君がひよつこり、やあ、ありがたいな。
樹明君は苦労人である、よい意味での、――だから、今、彼がさげてきた包が、木炭とソーセージであつても、ちつとも不自然でない、わざとらしくない、ちやんとイタについてゐる。
ふたりの財布をはたいて一升買ふ、最後の一滴まで飲んでしまつてから、送つたのやら送られたのやら、Yへ、彼氏彼女等としばらく話して、樹明君をわかれ道まで送つて、そしてKへ、そこでまた一杯、戻つてきたのは二時近かつたらう。
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くらがりへふみだした足のさむい私で
・雪の夜の大根をきざむ
樹明君に八句
よろこびを持つてきたあんたと空を仰ぎ
あんたのよろこびの水音もきこえる
・雪あしたやす/\うまれたといふか
雪ふるけさは君の子のうまれた日
・産湯すてる雪のとける
・雪や山茶花やむすめがうまれた
雪のなか産声のたかしも
雪をふんでよろこびの言葉をおくる
寝ざめしん/\雪ふりしきる
お正月の雪がつみました
雪の鴉のなが/″\ないて
雪のまぶしくひとりあるけば
・茶の木の雪をたべる
わが庵は雪のあしあとひとすぢ
雪ふかうふんで水わくところまで
雪あしたくみあげる水の澄みきつて
・わらやしたしくつららをつらね
雪の晴れてうれしい手紙うけとつた
・よう燃える火でわたしひとりで
・雪から大根ぬいた
雪風、大またであるく
大根うまい夜のふけた
また樹明君に
・産後おだやかな山茶花さいてたか
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一月廿七日[#「一月廿七日」に二重傍線]
よい朝、つめたい朝、すこし胃がわるくて、すこしにがい茶のうまい朝(きのふの破戒――シヨウチユウをのみ、ウイスキーをのんだタタリ)。
何もかもポロ/\だ、飯まで凍てゝポロ/\。
けふも雪、ちらりほらり。
さすがの私も今日ばかりは、サケのサの字も嫌だ、天罰てきめん、酒毒おそるべし/\、でも、雪見酒はうまかつた/\。
また、米がなくなつた、しかし今日食べるだけの飯はある、明日は明日の風が吹かう、明日の事は明日に任せてをけ――と、のんき[#「のんき」に傍点]にかまへてゐる、あまりよくない癖だが、なほらない癖だ。
自製塩辛がうまかつた。
午後はだいぶあたゝかくなつた、とけてゆく雪はよごれて嫌だ。
△満目白皚々、銀※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1−88−72]盛雪、好雪片々不落別処(すこし、禅坊主くさくなるが)、などゝおもひだす雪がよい。
遺書をいつぞや書きかへてをいたが、あれがあると何だか今にも死にさうな気がするので(まだ死にたくはない、死ぬるなら仕方もないが)、焼き捨てゝしまつた、これで安心、死後の事なんかどうだつてよいではないか、死後の事は死前にとやかくいはない方がよからう。
原稿も書き換へることにした、どうも薄つぺらなヨタリズムがまじつて困る、読みかへして見て、自分ながら嫌になつた、感興のうごくまゝに書いてゆくのはよいが、上調子になつては駄目だ。
△奇績[#「績」に「マヽ」の注記]を信じないで、しかも奇績を待つてゐる心は救はれない、救はれたら、それこそ奇績だらう。
自己陶酔――自己耽溺――自己中毒の傾向があるではないかと自己を叱つてをく。
いちにち、敬坊を待つた(今明日中来庵の通知があつたから)。
焚火するので、手が黒く荒れてきた、恐らくは鼻の穴も燻ぶつてゐることだらう、色男台なしになつちやつた。
酒の下物《サカナ》はちよつと[#「ちよつと」に傍点]したものがよい、西洋料理などは、うますぎて酒の味を奪ふ、そして腹にもたれる。
樹明さんは、来庵者が少い――殆んど無いといふことを憤慨してゐるが、私としては、古い文句だけれど、来るものは拒まず去るもの追はず、で何の関心もない、理解のない人間に会ふよりも、山を見、樹を眺め、鳥を聞き、空を仰ぐ方が、どのぐらいうれしいかは、知る人は知つてゐる。
敬治さんは、炬燵がなくては困るだらうと心配してくれる、しかし、私はまだ、炬燵なしにこの冬を凌ぐだけの活気を残されてゐる、炬燵といふものは日本趣味的で、興あるものであるが、とかくなまけもの[#「なまけもの」に傍点]にさせられて困る、あつて困る方が、なくて困る場合よりも多い、だが、かういう場合の炬燵――親友会飲の時には、炬燵がほしいな。
私の寝仕度もおかしいものですよ、――利久[#「久」に「マヽ」の注記]帽をかぶつて襟巻をして、そして、持つてるだけの着物をかける、何しろ掛蒲団一枚ではやりきれないから。
亀の子のやうにちゞこまらないで、蚯蚓のやうにのび/\と寝るんですな!
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・雪へ雪ふるしづけさにをる
・雪にふかくあとつけて来てくれた
・雪のなかの水がはつきり
・なにもかも凍つてしまつて啼く鴉
樹明君に
・雪のゆふべの腹をへらして待つてゐる
・雪も晴れ伸びた芽にぬくいひざし
・火を燃やしては考へ事してゐる
・雪ふるひとりひとりゆく
・水のいろのわいてくる
・雪折れの水仙のつぼみおこしてやる
改作一句
・この柿の木が庵らしくするあるじとなつて[#「なつて」に白三角傍点]
遠く遠く鳥渡る山山の雪
雪晴れの煙突からけむりまつすぐ
小鳥が枝の雪をちらして遊んでくれる
今夜も雪が積みさうなみそさゞい
暮れはやくみそつちよが啼く底冷えのして
電燈きえて雪あかりで食べる
・いそいでくる足音の冴えかえる
・雪あした、あるだけの米を粥にしてをく
山の水の張りつめて氷
・雪の山路の、もう誰か通つた
・雪のあしあとのあとをふんでゆく
・霜ばしら踏みくだきつゝくらしのみちへ
・雪どけみちの兵隊さんなんぼでもやつてくる
・大きな雪がふりだして一人
・おぢいさんは唄をうたうて雪を掃く
・朝の墓場へもう雪が掃いてある
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一月廿八日[#「一月廿八日」に二重傍線]
ゆつくり朝寝、けふもまた雪か。
お茶はうまいが食べる物がない、あまり食慾もない、お仏飯をさげていたゞく(十粒ぐらいしかないけれど、それで十分だつた)。
古新聞と襤褸を屑屋へ売つて、少しばかり金が出来た。
米一升、酒屋へ、肴屋へ二十四銭払ふ。
彼――某酒店の主人――の心をあはれむ、いやしい人間[#「いやしい人間」に傍点]だ。
待つてゐた敬坊が来た、県庁へ出張する彼を駅まで見送つて行く、そしてちよつぴりやる。
それから、冬村君の仕事場に立ち寄つて、いつぞや押売してをいた厚司の代金を受取る、それで払へるだけマイナスを払ふ、だいぶさつぱりした。
夕方、樹明来、鰯で一杯やる、今夜こそは私が奢つたのだ、のう/\した気持だ。
敬坊が木炭を買うてくれたのはありがたかつた。
鰯、鰯、鰯ほどやすくてうまい魚はない、感謝する。
例によつて、樹と山と二人はインチキバーでホツトウイスキー、こゝろよく酔うてこゝろよく別れた。
『鉄鉢の句』
こゝまでくれば、もう推敲といふやうなものからは離れる、私はしゆくぜんとして、因縁の熟するのを待つばかりである。
『ひとり』を契機として孤独趣味、貧乏臭、独りよがりを清算する、身心整理の一端として。
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押しつぶされて片隅の冬鴨のしづか
ひとり雪みる酒のこぼれる
樹明夫人に
・お産かるかつた山茶花のうつくしさ
樹明赤ちやんに
・雪ふるあしたのをんなとしうまれてきた
競つて売られる大魚小魚寒い風
・林となり雪の一しほおちついて
・ゆふやみの恋猫のこゑはきこえる
・冴えかえる水音をのぼれば我が家
赤いものが捨てゝある朝の寒い道
林のなか、おちついて雪と私
・ほいなく別れてきて雪の藪柑子
・つららぶらさがらせてやすらけく生きて
大根みんなぬかれてしまつた霜
・けふも鴉はなく寒いくもり
・ハガキを一枚ぬかるみのポスト
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一月廿九日[#「一月廿九日」に二重傍線]
雪、あたまはよいが胃がわるい。
あれこれと用事がないやうでなか/\ある、けふは街まで五度も出かけた。
夜、敬坊来、街でほどよく飲んで、街はづれまで送つた。
酒あり、炭あり、ほうれんさうあり。
私もすつかり落ちついた、落ちつき払つては困るけれど。
一月三十日[#「一月三十日」
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