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晴、なか/\つめたい、淡雪よろし。
防空デー、燈火管制の日、朝からサイレンが鳴りひゞく。
悪い、といふよりも恥づかしい夢を見た、それを洗ひ落すべく湯屋へまで出かけた、帰途、樹明君を訪ねたかつたが、キマリがわるいので止めにした。
夜、樹明君来庵、ほがらかな顔を見てほつとした。
社会人として、電燈を消して寝る。……
三月九日[#「三月九日」に二重傍線]
春寒、午後はポカ/\日和だつた。
あてもなく山から野を歩きまはつた、墓地逍遙[#「墓地逍遙」に傍点]もよかつた。
けふはじめてやうやく、ふきのとうをみつけた(たゞしよそで)。
△蕗の薹、蕗の薹、お前は春の使者だよ。
畑を打つて根肥をしてをく。
△肉体労働にはまことに、まことに尊いものがある。
樹明君ひよつこりとやつてくる、酒を持つて、――ハムとちしやの下物で飲む、うまい、うまい、うますぎてとう/\前後不覚になつてしまつた(それでも、するだけの事はして、寝るべき処に寝てゐた)。
[#ここから2字下げ]
・もうみそつちよがきてないてゐるあわゆき
・杉の葉に雪がちらつくうすい日ざしの
・石から草の葉の淡雪
・早春の晴れて風ふくサイレンのいつまでも
・こゝろなぐさまない春雪やあるいてもあるいても
・藪椿ひらいてはおちる水の音
防空デー、燈火管制の夜
・爆音、月は暈きてまうへ
・街はあかりをなくしたおぼろ夜となつた
・月夜いつぱいサイレンならしつゞける
・月をかすめて飛行機はとをざかるおぼろ
[#ここで字下げ終わり]
三月十日[#「三月十日」に二重傍線]
雨、春寒なか/\きびしい、袢纒を一枚かさねる。
終日独坐。
小鳥、殊に眼白が此頃興奮してきたやうだ、椿の木にあつまつて、朝から晩まで、恋の合唱をつゞけてゐる。
茫然として、私はそれにも聞き入るのである。
[#ここから2字下げ]
樹明君に
・月あかりのしたしい足音がやつてくる
自分自身に
椿が咲いたり落ちたり道は庵まで
春雪二句追加
・雪すこし石の上
・ぶら/\あるけば淡雪ところ/″\
・霜どけの道をまがると焼場で
・墓場したしうて鴉なく
・早春の曇り日の墓のかたむき
春の野が長い長い汽車を走らせる
[#ここで字下げ終わり]
三月十一日[#「三月十一日」に二重傍線]
何もかも食べつくしてしまつた、朝は干大根をかんでは砂糖湯をすゝつた。
手答へのある手紙は来ない、行乞にもお天気がきまらないので出たくない。
やうやくにして白米一升だけ工面した、これでもやつぱり世帯の遣繰といふべきだらう。
身のまはり、家のまはりをかたづける、おだやかな気分で。
やつと、うちの、ふきのとうを見つけた、二つ、しよんぼりとのぞいてゐた、それでもうれしかつた。
よい月夜、おだやかな月夜だつた。
[#ここから2字下げ]
・朝からふりとほして杉の実の雨
・雨の椿の花が花へしづくして
・こゝにふきのとうがふたつ
亡母忌日二句追加
・おもひでは菜の花のなつかしさ供へる
・ひさびさ袈裟かけて母の子として
[#ここで字下げ終わり]
三月十二日[#「三月十二日」に二重傍線]
まことに春寒である、霜がふつて氷が張つてゐる、小雨さへふりだした。
よい手紙が来た、うれしいな、さつそく酒を買ふ。
樹明来、ふたりで飲んで街を歩いてゐると、ひよつこり敬坊にぶつつかつた、三人でまた飲んだ。
戻つてきて、飯を炊いて食べる、残つた酒を飲む。
夜、敬坊来、ふたりいつしよに寝る、おもしい[#「い」に「マヽ」の注記]ろいな。
[#ここから2字下げ]
・雪の茶の木へ雪の南天
あんたが泊つてくれて春の雪
・雑草はうつくしい淡雪
・雪へ雪ふる春の雪
・雪のしづけさのつもる
・晴れて雪ふる春の雪
春の雪をあるく
・春の雪ふるふたりであるく
雪の水仙つんであげる
・わらやねしづくするあわゆき
[#ここで字下げ終わり]
三月十三日[#「三月十三日」に二重傍線]
雪がつんでゐる、そして雪がふる、敬坊と二人で雪をしみじみ観た。
△今日は今日だ、昨日は昨日、明日は明日だ。
△雪そのものを味ふた、雪そのものを詠ひたい。
よいかな、雪の水仙、雪の小鳥、よいかな。
しづかにしてさみしからず[#「しづかにしてさみしからず」に傍点]、まづしうしてあたゝかなり[#「まづしうしてあたゝかなり」に傍点]、いちにち雪がふつたりやんだり、そしてよい一日だつた。
若い遊猟家がやつてきて、むちやくちやにポン/\やられるには閉口した、小鳥も脅やかされるし、私も妨げられる、雪のしづけさが破られる。
よくない手紙が来た。
敬坊と別れてから、ずゐぶんさみしかつた。
さみしい夕餉だつた、――素湯に干大根だけだつた。
△私は物を感じる[#「感じる」に白三角傍点]よりも物を観る[#「観る」
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