くい、さすがにもう春らしい。
三八九印刷。
また無一文、銭がほしいな。
村のデパートで一杯また一杯、とうぜんとしてもどる。
三月二日[#「三月二日」に二重傍線]
晴、春、三八九。
入浴、春風しゆう/\だつた、馴染の酒屋で一杯、むろんカケで。
人影がさしたと思つたら、乞食だつた、彼もまた珍客たるを失はない、それほどわが庵は閑静である。
夜、樹明来、茶をすゝつて漫談しばらく。
しづかに更けて、やすらかなねむり。
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・人影うらゝかな、乞食だつたか
犬がほえる藪椿のつそりと乞食で
痛さこらへてゐて春めいた一日
・椿ひらいて墓がある
・これだけ拓いてそらまめの芽
[#ここで字下げ終わり]
三月三日[#「三月三日」に二重傍線]
さむい、くもり、冬らしく、そして晴、あたゝかく春らしく。
けふは新暦では桃の節句だが、私には何のかゝはりもない。
朝早くからみそつちよ[#「みそつちよ」に傍点]がきてなく。
うら/\と野山がかすんでゐる、春の横顔うつくしいね。
私の庵には鼠さへゐないのだ、めづらしいだらう(井師の雑文、鼠を読んで)。
新聞配達さんがアカツキを一本くれた、貧者の一本[#「貧者の一本」に傍点]!
号外がきて驚かした、東北地方に地震、海嘯、火災があつたといふ、願はくは被害少かれと祈る。
やうやく三八九の仕事がすむ、切手代がないので発送することが出来ない、あはれ/\。
火を焚く、さみしくない、――かういふ句はもう作らない、たゞ感想の一片としてこゝに書きつけておかう。
いつもきこえるステーシヨンの雑音、しづかだ、――これもおなじく。
△金銭に乏しうして苦しんだのでは、ほんとうの意味で救はれない、物そのもの――たとへば米なら米――に乏しうして苦しんで、初めて、物そのものゝありがたさ[#「物そのものゝありがたさ」に傍点]が解り、したがつて生そのもののよろこび[#「生そのもののよろこび」に傍点]を味ふことが出来る。
△貧乏といふことがほんとうに解らなければほんとうに救はれない。
樹明不来、待ちぼけ。
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・生垣も椿ばかりでとしよりふうふ
・号外のベルが鳴る落椿
・そこに鳥がゐる黙つてあるく鳥
草の実つけて食べ足つてゐる
鳥かげのまつすぐに麦の芽
・ようほえる犬であたゝかい日で
・おきるより火吹竹をふく
・寒い火吹竹の穴ふとうする
・けさから春立つといふぺんぺん草
(追加)
・札をつけられて桜ひらかうとして
[#ここで字下げ終わり]
三月四日[#「三月四日」に二重傍線]
けさはすこし早く起きる、曇つて寒い。
よい手紙――わるい手紙も来ない。
樹明来、おかげで三八九、一部発送。
ぬくうて雨となつた、明日から行乞に出かけるつもりなのに。
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・水わけば水に生きるもの
・落葉ふかしも巌のすがた
暮れるより降りだして街の雑音も
・なげやりの萱の穂もあたゝかい雨
・森かげかそけく枯れてゐる葉に雨がきて
ぬくとくはうてきて百足は殺された
[#ここで字下げ終わり]
三月五日[#「三月五日」に二重傍線]
夜来の雨がはれてすが/\しくなつた、どれ出かけよう。
征坊からなつかしいありがたい手紙がきた、感謝々々。
おかげで三八九全部発送済となる、安心々々。
晴れて風がふく、かういふ日は警戒を要する。
夕方から宿直室へ、例の如く食べる、飲む、饒舌る。
そして少し泳いだ、久しぶりに。
それでも戻つて寝た、さうするより外ないのだけれど。
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・みんなしづくしてはれるそら
風ふく餅をたべてはひとり遊ぶ児
大きな松がある、そこが警察です
・どこかに月がある街から街へ
・月がまうへのかげをふむ
燈火管制の月夜をさまよふ
南無地蔵尊、こどもらがあげる藪椿
[#ここで字下げ終わり]
三月六日[#「三月六日」に二重傍線]
晴、よい朝ではじまつてわるい夜で終つた。
酔うて乱れて、何が母の忌日だ、地下の母は泣いたらう。
樹明君を案内して置いて、このざまはどうだ。
ふと仏前を見たら、――御供物料、樹明――の一封がある、恥を知れ、々々。
ぶら/\歩いたら、だいぶ気分がよくなつた。
三月七日[#「三月七日」に二重傍線]
独りを慎しみ独りを楽しんだ。
考へる事も書く事も、何もない一日だつた。
あるだけの米を炊いて食べた。
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今日の買物を見よ
一、五銭 醤油二合
一、弐十弐銭 白米壱升
一、十銭 酒一合
一、三銭 端書二枚
一、五銭 煙草一袋
一、六銭 焼酎五勺
(これがやめてよいものなり)
・住みなれてふきのとう(改作)
[#ここで字下げ終わり]
三月八日[#「三月八日」に二重傍線
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