て寝た。
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  今日の買物
一金拾三銭  醤油二合其他
一金壱円   酒壱升
一金拾弐銭  ゴマメ五十目
一金五銭   切干百目
一金七銭   バツト一個
一金四銭   なでしこ一袋
一金七銭   鰯一くぎり
一金五銭   竹輪一本
一金弐銭   しようが一ツ
一金四銭   酢一合
一金十銭   古雑誌一冊
一金三十銭  酒代借払
一金十弐銭  小口色し
一金十銭   切手十枚
一金五銭   酒粕百目
一金十銭   煙管弐本
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 二月十日[#「二月十日」に二重傍線]

天地清明、私もその通り。
樹明君、朝、来訪、昨夜のワヤはわるくなかつたやうです。
午前は漫歩、飲みたくなれば酒屋で一杯、喫ひたくなれば煙草屋で一服、ひもじくなつてパン屋でパンパン!
とにかく、すべてがよろしい。
△執着しないのが、必ずしも本当ではない、執着し、執着し、執着しつくすのが本当だ、耽る、凝る、溺れる、淫する、等々の言葉が表現するところまでゆかなければ嘘だ、そこまでゆかなければ、その物の味は解らない。
今夜の月はよかつた、冬の月でもなし、春の月でもなし、たゞよい月であつた。
夜、宿直の樹明君から来状、来てくれといはれては、行きたい私だから、すぐ行く、冬村君ともいつしよになつて、飲んで話して、そして書く。
おとなしく別れて戻つた、まことに、まことによい月であつた、月夜のよさをよく味はつた。
とろ/\こゝろよいほどの発熱(風邪もわるくない!)
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 水底の岩も春らしい色となつた
・草の芽、めくらのおばさんが通る
・春は長い煙管を持つて
 君こひしゆふべのサイレン(!)
・冬の山からおりてくるまんまるい月
・枯枝をまるい月がのぼる
・月へいつまでも口笛ふいてゐる
・月のよさ、したしく言葉をかはしてゆく
・月のあかるさが木の根
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 二月十一日[#「二月十一日」に二重傍線] 紀元節、そして建国祭。

晴れると春を感じ、曇ると冬を感じた、春を冬が包んでゐるのだ。
周囲を掃除しながら、心臓の弱くなつたことをまざ/\と感じた、余命いくばく、忙しいぞ。
藪椿一輪を活ける、よいかな、よいかな。
午後、風が出た。
樹明君が吉野さんをひつぱつてきてくれた、三八九第六集の裏絵として、裏から見た其中庵を写してもらつた。
おだやかな、あまりにおだやかな一日だつた。
夜は早くからぐつすりと寝た、そして夢を見た!
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・月が照らしてくれるみちをもどらう
・月かげのまんなかをもどる
・まるい月のぼる葉のない枝(改作再録)
・さらさらささのゆきあかりして(追加)
   改作
・どこかそこらにみそつちよがゐるくもり
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 二月十二日[#「二月十二日」に二重傍線]

天地清明にして、雪花ちらほら。
朝、山路を歩くともなく歩いて、お稲荷さんに詣でた、行者一人の長日月の努力が、岩を割き地を均らして、これだけの霊場を出現せしめた事実に頭を下げる。
水仙を活ける、よいかな、よいかな、藪椿とは対蹠的な趣致がある、貴族的――平民的、洗練味――野趣、つめたさ――あたたかさ、青白い美人――肥つたお侠、等々。
夕は墓場を散歩する、墓といふものは親しみがある、一つ二つの墓はさみしいが、上にも下にも並んで立つてゐる墓石は賑やかだ、新らしいの、古いの、大きいの、小さいの、うつくしいの、かたむいたの。……
今夜は悪夢を見ないやうに祈る、昨夜はつゞけて悪夢を見た、ヱゴ諸相の連続映像!
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・朝日まぶしい花きるや水仙
・けさのひざしの手洗水へあたたかく
 ここもやしきあとらしいうめのはな
・もうしづむひでささのさやさや
・ゆふべのサイレンのながうてさむうて
・暮れても耕やす人かげに百舌鳥のけたたましく
・茶の木にかこまれそこはかとないくらし(述懐)
 火を焚いて咳ばかりして
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 二月十三日[#「二月十三日」に二重傍線]

降霜結氷、つめたいけれどうららかだ、冬三分春七分。
けさ、はじめて笹鳴が耳にはいつた、ずゐぶんヘタクソだつた、それでよろしい。
内容充実の手紙が来ないので、山口行乞を実行した、山口は雪もよひで寒かつた、行乞三時間、悪寒をおぼえるので、急いで帰庵した、途中で一杯ひつかけて元気回復。
行乞は求めてすべきものではないが、しようことなしの行乞を活かすだけの心がまへは持つてゐなければならない。
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・朝月ひやゝけく松の葉に
・葉がない雲がない空のうらゝか
・枯葦の水にうつればそよいでる
・月へひとりの戸はあけとく
・伸びたいだけは伸びてゐる雑草の花
・楢の葉枇杷の葉掃きよせて茶の木の葉
  今日の行乞所得
一、米八合
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