ら二三軒をあるきまはつて(文字通りたゞあるきまはるのである、銭もないし、信用もないから)そして戻つてきて、お茶漬を食べて、ぐつすり寝た、ああ、極楽々々。
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楢の葉のそよぐより明けそめた空
日がのぼり楢の葉のしづか
・落葉あたたかうして藪柑子
・せなかにぬくい日のあたりどこでもよろしく
・日あたりがようて年をとつてゐる
・ぬくい日の、まだ食べる物はある
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二月七日[#「二月七日」に二重傍線]
けさも早起だつた、朝のうちだけでもかなり読書が出来た、書かなければならない原稿があるけれど、気乗りがしないから、裏山へ登つて遊んだ、ぽか/\とぬくい日である、かういふ日には何だか老を痛感する。
小松一本、ぬいてきてうゑた、この松の運命は。――
近来、疳の虫[#「疳の虫」に傍点]が出てきてゐる、いろ/\の事に腹が立つ、つまらない事が癪に障る、昨夜も胸中むく/\があつたので、それには何のかゝはりもない樹明君に対して礼を失したに違いないと今朝考へて恐縮してゐる、これではいけない、私は行乞のおかげで、怒るといふやうなことは忘れてゐたのだつた、もつとも、熊本では特殊の理由から疳癪玉を破裂させたが、それからはまことにおとなしいものであつた、それがM君の事やS君の策やH君の態度などによつて、ぐらつきだして、しだいにむしやくしや[#「むしやくしや」に傍点]をかもしだすやうになつた、じつさい、腹の立つうちが花かも知れない、癪にさわるものがなくなつては、生甲斐がないやうになるかも解らない、とにかく虫の事だから、よくもわるくも、虫にまかしてをくか。
久しぶりに――十日ぶりぐらいだらう――入浴して顔をあたつた、せい/\した、飯の足らないのも忘れてしまつたほど。
喫茶読書、これもよかつた、古教[#「教」に「マヽ」の注記]照心といつた気持。
腹が鳴るのはさびしいものだと思つた、その声(まさに声だ)にはさび[#「さび」に傍点]さへもあるやうに感じた。
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・山ふところの啼かない鳥の二羽で
・このみちどこへゆくふかう落葉して
おぢいさんも山ゆきすがたのぬく/\として
日のあたる家からみんな山ゆきすがたで
・茨の実はぬくい日ざしのほうけすゝき
・なんとなく春めいて目高のあそびも
・藪柑子、こゝから近道となる落葉
近道の落葉して
たえず啼いてさわがしい鳥が葉のない木
腹が鳴る、それに耳をかたむけてゐる私
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二月八日[#「二月八日」に二重傍線]
あたゝかい雨、もう春が来たかと喜ばせるやうな。
朝、樹明君が見舞に来てくれた、貧乏見舞に! そして、雨の其中庵はなか/\よいなあといふ、しめやかなものですよと私が答へる、お茶をのんで別れた。
いよ/\食べる物がなくなつた、明朝までも[#「も」に「マヽ」の注記]餓死もすまいて。
朝はお茶、昼は餅を焼いて、晩は野菜汁ですました、すませばすませるものである。
△ふくろうが濁つた声でヘタクソ唄をうたつてゐる、どこかにひきつけるものがある、聞いてゐると何となく好きになる、彼と私とは共通な運命を負うてゐるやうだ。
夜、樹明君再来、第六感を働らかして、白米を持つてきてくれた、何よりも有難い品だつた、千謝万謝。
一人となつて、このまゝ寝るのは何だか物足らないので、その米を一握りほど粥にして食べた、まことにしみ/″\と食べたことである。
△貧乏、といふよりも缺乏[#「缺乏」に傍点]は私を純化する、そして私を私の私[#「私の私」に傍点]たらしめる。
多少の発熱、からだがだるくて発散するやうな気分、これも悪くない、現実を二三歩遊離した思索にふけつた(風邪をひきそへたのだらう)。
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・めつきりぬくうなつた雨のしづくする雑草
・足音は郵便やさんで春めいた雨
・食べる物がなくなつた雨の晴れてくる
ゆふべはさむいふくろうのにごつたうた
ゆふべつめたく屋鳴りした
・冬夜ふければ煮えてこぼれる音のある
樹明君に
・冬月夜、手土産は米だつたか
朝から雪の掃いてある墓場まで
樹明君に
月かげまつすぐに別れよう
・地べた月かげあたゝかう木かげ
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二月九日[#「二月九日」に二重傍線]
晴曇さだめなし、風邪発熱、だるくて慾望がない。
いろ/\の手紙がきた、手紙は差出人の心を表白すると同時に受取人の心をも表白せしめる。
はじめて、雲雀の唄[#「雲雀の唄」に傍点]をきいた。
買物いろ/\、すぐまた無一文、それでよい/\。
一杯やるつもりで仕度をして樹明君を待つ、やつてきてくれた、気持よく飲む、ほろ酔機嫌で街へ出かける、そこで一杯、また一杯、すこしワヤをやつて、それ/″\の寝床へもどつ
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