一、銭二十九銭
  今日の買物
一、十五銭 シヨウチユウ
一、四銭  タバコ
一、三銭  ヤキイモ
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 二月十四日[#「二月十四日」に二重傍線]

うらゝか、ほがらか、のどか、のどかだつた。
春ちかし、……もう春といふてもよかつた。
行乞に出かけるつもりだつたが、風邪気味なので自重して(独身者は殊に気をつけなければならない)、閑居。
夕方、樹明君が四日ぶり来庵、お土産として、ビスケツトとスルメとを頂戴した。
何のかのと用事がある、独身者は、閑なやうな忙しいやうな。
しんぢつお[#「しんぢつお」に傍点]ちき[#「ちき」に「マヽ」の注記]ました[#「ました」に傍点]、と私はすべてに報告した。
敏感な虫が灯をしたうてやつてくるやうになつた。

 二月十五日[#「二月十五日」に二重傍線] 涅槃会。

けさは早かつた、御飯をたべて、おつとめをすまして、しばらく読書してゐるうちに、六時のサイレンが鳴つた。
朝月夜がよかつた、明けゆく風が清澄だつた。
読書、読書、読書に限る、他に累を及ぼさないだけでもよろしい。
アメリカは黄金を抱き込んで、しかも貧乏に苦しんでゐる! これに似た人間が日本にも存在する、黄金を食べても餓は凌げないのだ、胃は食物を要求してゐるのだ、物そのものの意義を理解しなければ駄目だ。
くわう/\として日が昇る、かたじけないと思ふ。
小為替一枚受取つた、さつそく米と酒[#「米と酒」に傍点]とを買つた、米二升四十六銭、酒二合十八銭、そして煙草が四銭。
午後、晴れて寒い風が吹く、何となく物足らないので、樹明君を招いて一杯やりたいと思ひついたので、湯屋まで出かけた途次、顔馴染の酒屋へ寄つて、一升借入の交渉を試みたが、不調に終つた、私は断られて腹を立てるほど没常識ではないが、さりとて、借りそこねて平然たるほど没感情的でもない、貸して貰つた方がうれしかつたのが本当だ、とにかく酒一升借るだけの銭も信用もないのは事実だつた!
だいたい、掛で飲まうなどゝいふ心得は褒めたものぢやないね、もつと物に執する心持を捨てなければなるまいて。
陽が傾いて樹明来、酒はのみたし酒はなし、学校の畜舎へまでのこ[#「のこ」に傍点]/\出かけて、かしわとさけとにありつく、そしてひとりでインチキカフヱーでホツトウイスキー一杯、泥まみれになつて戻る、いのちを持つて戻つたのはまことに感心々々。
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・じゆうぶんやすんだ眼があいて春
・枯木はおだやかな朝月である
・これが新国道で、あれはやきいもや(柳井田所見)
・みんな働らく雲雀のうた
・水音の藪椿もう落ちてゐる
・枯草の日向の脚がぽこ/\あるく
・咲いてここにも梅の木があつた
・朝月夜、竹藪がさむうゆれだした
・鳴るは楢の葉で朝月夜
・朝月はうすれつつ竹の葉のなかへ
・つめたく風が、私もおちつけない
・枯れつくしてぺんぺん草の花
・つゝましく酔うてゐる庵は二十日月
・やまみちのきはまればわいてゐる水(改作再録)
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 二月十六日[#「二月十六日」に二重傍線]

けさも早かつた、四時頃だつたらう、昨夜の今朝だから、感服しても差支ない。
朝の読書はほんとうによい、碧巌第二則、至道無難、趙州和尚の唇皮禅に敬服する。
△そのものになりきる、――これこれ、これだ。
午前は雪もよひで寒かつたが、午後は晴れて暖かだつた、そこで、樹明君と会して、鰯で一杯やらうといふのだ。
焼酎即死! と思ひながら、どうしても縁が切れない。
滓を飲んで旦浦時代を追憶した、滓なんて飲む人があるからおもしろいと、あの時代は考へてゐたが、今の私はその滓でさへろく[#「ろく」に傍点]/\飲めないではないか(現に一昨日は十銭しかないので、わざ/\新町まで出かけて滓を飲んで来たやうなみじめさだ)。
焼酎を借りる、鰯を借りる、さて酒はどこから借りださうか、窮すれば通ず、要求あれば供給あり、何とかなるだらう(醤油はF家から借りた)。
夕づつかけて樹明来、やうやく一升捻出して飲んだ、よい酒だつた、うまい酒だつた、涙ぐましい酒だつたともいへよう、ハムの一きれにもまこと[#「まこと」に傍点]があつた。
よう寝た、ぐつすりと夢も見ないねむりだつた。
△私は、すべての音響を声と観じる[#「声と観じる」に傍点]やうになつた、音が心にとけいるとき、心が音をとかすとき、それは音でなくして声である、その新らしい声を聴き洩らすな。
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・梅と椿とさうして水が流れてゐる
・庚申塚や左は街へ下る石ころ
・あさぐもりの垣根の花をぬすまうとする
 太陽、生きものが生きものを殺す
・寝覚しめやかな声はあたゝかい雨
・ハムは春らしい香をかみしめる(樹明君に)
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 二月十七日[#「二月
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