どんと銃声があたりの閑寂をみだす、嫌がるのは小鳥ばかりではござらぬぞ。
暮れてから、待つてゐた樹明君が来た、豚肉を持つて、――そして三八九の仕事を手伝つてくれた、今晩はどうでもかうでも私が一杯おごらなければならないのだが、さて八方塞がりの無一文なので、手も足も出ない、やたらに火を燃やしてゐると、樹明君とう/\こらへかねて酒屋へ手紙を書いた、それを持つて街の酒屋へまで出かける、酒好きは呪はれてあれ、しかし途中で三句拾つた。
うまい酒だつた、枯木までよう燃える、感泣々々。
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  今日の買物
一金八十三銭  切手四十枚と一枚
一金十二銭   ハガキ八枚
一金十八銭   酒二合
一金五銭    醤油二合
一金七銭    バツト一ツ
一金二十三銭  米一升
  〆金壱円四十八銭
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本日敬坊から送金壱円五十銭
差引残金二銭!
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 一月廿五日[#「一月廿五日」に二重傍線]

よい朝、よい朝、このよろこび、うれしいな、とても、とても。
△酒も滓もみんな飲む心。
敬坊から約の如くうれしい手紙(それは同時にかなしい手紙でもあつたが)。
郵便局まで大急ぎ、三八九発送第一回、帰りみち、冬村君を訪ねて、厚司とレーンコートとを押売する、おかげで、インチキカフヱーのマイナスが払へて、めいろ君に申訳が立つといふ訳。
雪となつた藪かげで、椿の花を見つけた。
今日の御馳走はどうだ! 酒がある、飯がある、肉がある、大根、ちしや、ほうれんさう、柚子。……
△右の手の物を失ふまいとして、左の手の物を失ふ、これは考へなければならない問題である。
△酒と貧乏とは質に於て反比例し、量に於て正比例する。
雪の畑にこやしをやつた(肥料も自給自足)、これは昨夜、樹明君に教へられたのだ。
夕方、樹明君がせか/\とやつてきた、生れたといふ、安産とは何より、このさい大によき夫ぶりを発揮して下さいと頼んだ。
子がうまれたから句もうまれるといふ、万歳々々。
吉野さんが三八九会費を樹明君に托して下さつたので、それを持つてまた街へ、三八九第二回発送。
けふはほんとうにうれしい日だつた、涙がでるほどうまい酒を飲んだ、かういふ一日が一生のうちに幾日あらうか。
おだやかな私と焚火だつた。
△年をとると、いやなもの、きたないものがないやうになる、肯定勝になるからか、妥協的になるからか、それとも諦めて意気地なくなるからか、とにかく与へられたものを快く受け入れて、それをしんみりと味ふ心持は悪くないと思ふ。
句が出来すぎて困つた、おちついて、うれしかつたからだらう。
かういふ場合には、句のよしあしは問題ぢやない、句が出来すぎるほどの心にウソはないかを省みるべきである。
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・待人来ない焚火がはじく
・雪あかり餅がふくれて
 焚火へどさりと落ちてきた虫で
・寒さ、落ちてきた虫の生きてゐる
・ふけて山かげの、あれはうちの灯
・冴えかえる夜の酒も貰うてもどる
・つまづいて徳利はこわさない枯草
   樹明君に
・燗は焚火でふたりの夜
・雪ふる其中一人として火を燃やす
・雪ふるポストへ出したくない手紙
 仕事すまして雪をかぶつて山の家まで
 晴れて雪ふる里に入る
・雪がつみさうな藪椿の三つ四つ
 一人にして※[#「磬」の「石」に代えて「缶」、第4水準2−84−70][#「※[#「磬」の「石」に代えて「缶」、第4水準2−84−70]」に「マヽ」の注記]の音澄む
・のどがつまつてひとり風ふく
・ふるよりつむは杉の葉の雪
 雪のふるかなあんまりしづかに
・雪、雪、雪の一人
・雪はかぶるままの私と枯草
・小雪ちほ[#「ちほ」に「マヽ」の注記]ら麦田うつふたりはふうふ
 雪かぶる畑のものにこやしやる
・からみあうて雪のほうれんさうは
・雪となつたが生れたさうな(樹明君さうですか)
・安産のよろこびの冴えかえる(樹明君さうでしたか)
・もう暮れたか火でも焚かうか
 恋猫がトタン屋根で暗い音
・夜ふけの薬罐がわいてこぼれてゐた
 雪の夜は酒はおだやかに身ぬちをめぐり
・雪がふるしみじみ顔を洗ふ
 たれかきたらしい夜の犬がほえて
 火鉢に火がなくひとりごというて寝る
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 一月廿六日[#「一月廿六日」に二重傍線] 旧正月元日。

すこし早目に起きた、今朝、どこからも送金がないやうならば、三八九送料の不足をかせぐために山口へ行乞に出かけるつもりで。
ところが、雪だ、このあたりには珍らしい雪だ、冷えることもずゐぶん冷える、何もかも凍つてゐる。
まづ雪見で一杯といふところだらう、誰か雪見酒を持つてこないかな。
けさは驚嘆すべき事があつた、朝魔羅が立つたのである、この活気があるからこそ句も出来るといふものだ、スケベイオヤヂとけ
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