げ終わり]
うつくしいといふ言葉がおもしろい、穴から見るのが一茶の俳人的眼孔だ。
一月廿一日[#「一月廿一日」に二重傍線]
雪もよひ、だん/\晴れる、そんなに冷たくはない。
朝のお茶はうまい、こんな調子だと、あんぐあい転換が出来るかも知れない、転換したいものだ。
急に眼の工合が悪くなつた、栄養不良のためか、老眼と近眼とのこんがらがりのためか、とにかくこれでは困る、といつたところで詮方もないけれど。
此頃の私は、とりわけて、よく食べよく寝る、それではどうぞ、よく働らきなさい。
△山にしたしむことは木の葉にしたしむことであり、小鳥にしたしむことであり、石にしたしむことでもある。
山村庵居は空と土とにしたしむことである。
鴉よ、あんまり啼いてくれるな。
来庵者について考へる、――郵便屋さん、新聞屋さん、それから、眼白頬白みそさゞい、そして鴉、犬、――それだけ、時々樹明君が人間として!
焚火といふものは意味ふかい、その原始的情趣[#「原始的情趣」に傍点]を味ふ。
身辺整理、遺書も書き換へて置く。
水仙を切るために指を切つた、赤い血が流れるのは不可思議のやうな気がした、水仙は全身を切られた、指を傷づけるぐらゐは何でもない。
夕方、樹明来、久しぶりに一杯やる、別れてからIさんを訪ねてまた一杯、それからHへ、ずゐぶん酔うて戻つたのはおそかつたが、そのあたりは前後不覚だつたが、悪い事はしなかつた、善哉々々。
[#ここから2字下げ]
・つめたさの歯にしみる歯をいたはらう
・冬山へつきあたり焚火してある[#「ある」に傍点]
・寒い水からいもりいつぴきくみあげた
寒い寒い指を傷づけた
・たま/\逢へて火を焚いて
火を焚いて来るべきものを待つ
鴉ないて待つものが来ない
けさは郵便がおそい寒ぐもり
・新聞つめたし近眼と老眼がこんがらがつて
・冬草もほどよう生えて住みなれて
・くもりさむい肥をあたへるほうれんさう
[#ここで字下げ終わり]
一月廿二日[#「一月廿二日」に二重傍線]
冷たい、昨夜の酒が残つてゐる、飲まずんばあるべからずぢや、うまいな、何といつても酒はうまいものである、利害を超越して。
昨日のお菜は三度とも菜葉と大根とちしやだつたが、今日は鰯の御馳走があつた、十尾六銭、おばさんから借りて。
新聞屋さんが号外を持つてきてくれた、※[#「飮のへん+稻のつくり」、第4水準2−92−68]餅といつしよに。
二週間ぶりに入浴、帰途、金策の相談が出来た。
魚行商のおばさんはほんとうに感心な女性だ、悪病の夫を看護しつゝ、二人の子供を育てつゝ、朝から晩まで働らきつゞけてゐる、信仰心を持つてゐるからやれるのだ、前身が娼妓だつたと聞いて、私は頭がさがつた、自分が恥づかしかつた。
餅もうまかつた、鰯はさらにうまかつた。
夜、樹明君がバリカンを持つてきて、理髪してくれた、何ともいひやうのない深切だ、餅も貰へた、句集代壱円も受取つた、紙代をとつてをいて、残りで酒を買つてきて、すこし飲んだ、かういふ酒はめつた[#「めつた」に傍点]に飲めるものぢやない。
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・冬ぐもりひさ/″\湯にいり金を借る
・石垣の日向にはビラも貼つてある
・雪空から最後の一つをもぐ
・冴えかえるながれをふんで下る
墓場の梅はほつ/\咲いて
今日の買物
一金十八銭 酒二合
一金十七銭 焼酎一合五勺
一金七銭 バツト
一金四銭 なでしこ
〆金四十六銭也
[#ここで字下げ終わり]
一月廿三日[#「一月廿三日」に二重傍線]
午前は晴れてあたゝかだつたが、午後はくもつて寒かつた、しかしとにかく、好日好事たることを失はない。
朝、紙を買ひにゆく、インフレ景気は私にも影響を及ぼして、紙も二割の値上をするといふ。
三八九印刷終了、揃へる、綴ぢる、なか/\忙しい。
手紙も来なければ人間も来ない、鴉が来て啼くばかり。
夜は餅を焼いて食べた、何とまあ餅のうまいこと。
こゝで私は重大な宣言[#「重大な宣言」に傍点]をする、――今後は絶対に焼酎と絶縁[#「焼酎と絶縁」に傍点]する、日本酒、麦酒以外の酒類は飲まないことにしよう、これも転換の第一歩といへよう。
[#ここから2字下げ]
・霜にはつきり靴形つけてゆく
小春日の畦をつたうてやつてきた
・冬夜の瞳ぱつちりうごく
火の番と火の番とぬくい晩である
・あたたかなればよもぎつむ
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一月廿四日[#「一月廿四日」に二重傍線]
さむい、つめたい、小雪ちらちら。
あるだけの米を白粥にして置く。
今日の食事は、三度が三度とも、米と水と餅と塩とのちやんぽん[#「ちやんぽん」に傍点]だつた。
餅をやいて食べながら三八九仕事、やうやう終了。
うれしいな、餅はうまいな、好きだから、貧乏だから。
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