、切手を貼つて出しさへすればよいのだが、さて質入するやうな物はなし、売るほどの品はなし、山口へ行乞するよりほかに仕方はあるまい、どこからか一枚舞ひこまないかな、咄、乞食根性!
腹がいたい、泥水のおかげだ、意味深長々々。
ふと干柿をちぎつて食べた、何といふうまさだらう、私ははじめて柿のうまさを知つた、二つ、三つ、六つ食べた、実に何ともいへない甘さだ、自然そのものの甘さだ、太陽の甘さといつてもよからう、これも一つの生甲斐だつた。
独語と寝言[#「独語と寝言」に傍点]、独身者が老後になればね。
或る男の手記、彼はま夜中にひとり踊る、何を踊る、ステテコ、ステテコ、オツトヤレコラ、ハクシヨイ。
酒が飲みたいよりも煙草が吸ひたくてたまらないので、最後の五銭玉を握つて出かける、なでしこ四銭、それからN酒店へいつて、カケで焼酎一杯、御馳走々々々、まだ一銭銅貨が残つてゐる。
遠眼と近眼とこんがらつ[#「らつ」に「マヽ」の注記]てさびしうする。
樹明君が新そばの粉を持つてきてくれた、茶をのみながら浮世話、今夜はいやにしめつぽく語りつゞけた。
[#ここから2字下げ]
・しぐれる夜の歪んだ障子
・茶の花のちるばかりちらしてをく
[#ここで字下げ終わり]
十二月十二日
雨となつてあたゝかくなつた、山口行はオヂヤンになつたが仕方ない、あすはよい日だらう、まあ、よい日としてをかう。
鴉啼がよくない、何だか気にかゝる、人の身も自分の身も。
けふもよくしぐれる、午後は風が出てさみしがらせた。
あれこれと用事がある、今月は――先月は気分が悪くて怠けたが――句稿を層雲社へ送るべくまとめた。
夜はさみしかつた、必ずしも酒がないためばかりではない。
[#ここから2字下げ]
ほほけすゝきに風がある紅葉ちりつくし
・きものがやぶれる音をゆく霜朝
・誰も来ない茶の花がちります
・お茶漬さら/\わたしがまいてわたしがつけたおかうかう
・もう冬がきてゐる木きれ竹ぎれ
・もう凩の、電燈きえたりついたり
・月の凩の菜葉のかげ
[#ここで字下げ終わり]
十二月十三日
曇后晴、山口行、寒かつた、いや冷たかつた、寒いといふのは誰もがいふ、冷たいのは寒さを身に感じたから。
初雪、屋根にも畠にも、もつともちよんぼり初雪らしく。
山口へ行つた、Sさんの奥さんに壱円五十銭借りて(売るべく持つてゐた本弐冊をあづけて)、そして三八九を発送した、やれまあ、何とはづかしい。
往復六里、歩いたが草臥れた、とても御飯では我慢しきれないでKで飲んだ、そしてそれから学校の宿直室へ、樹明君と一時間ばかり話して、戻つて寝た。
今日の小遣は。――
[#ここから1字下げ]
一 金七銭 バツト 一
一、 五銭 古雑誌
一、十五銭 焼酎二杯
[#ここで字下げ終わり]
これだけ、これだけ(Kの分は別、まづ一円位)。
[#ここから2字下げ]
百舌鳥におこされて初雪
茶の花やけさの初雪の
・寒い身のまはりをかたづける
街は師走の、小猿も火鉢をもらつてる
あれは監獄といふ寒い塀
入日をまともに金借りて戻る河風
・月が、まんまるい月が冬空
[#ここで字下げ終わり]
十二月十四日
三八九をだしてほつとしたのとアルコールのきゝめによつて、ぐつすりと寝た、たゞすこし胃の工合が悪い、十[#「十」に「マヽ」の注記]週間ぶりにちと飲みすぎたやうでもある。
曇り寒く雨となる、今日此頃はほんとうにようしぐれる、しかししぐれはわるくない、気分がおちついて物をしんみり味ふやうになる。
煙草が粉までなくなつた、火鉢をかきまはして灰の中からバツト吸殻を見つけだしたときのうれしさ、それは砂金採集家が砂金を拾ふやうなものだろう、しかし何としても恥づかしい仕業だ、いはゆる乞食根性のいやしさだ、慾望の奴隷であるな。
いね/\と人にいはれつ年の暮[#「いね/\と人にいはれつ年の暮」に傍点]――路通の乞食吟である、私は幸にして此季節には行乞に出かけなくてすみさうだ、ありがたい。
こゝろのプロレタリアであれ[#「こゝろのプロレタリアであれ」に白三角傍点]、清く純であれ。
白菜はおいしいね。
みんな死んでゆく[#「みんな死んでゆく」に傍点]、――彼も死んだ、彼女も死んだ、――心細いよりも早[#「早」に「マヽ」の注記]敢ないよりも、もつと根本的なものを感じる、生死去来真実人、生死は仏の御命なり、生死去来は生死去来なり、生也全機現、死也全機現、生死になりきれ、生もなく死もないところまで精進せよ。
[#ここから3字下げ]
冬になつた老眼と近眼とこんがらかつて
[#ここで字下げ終わり]
老境の述懐である、しづかなあきらめである、冬日影のしめやかさである、私の自画自賛である。
昨日、山口では、俳句講座と浄土三部経とを預けて郵税を借りたが、S奥さんに対談しつゝある自分の姿を思ひだすと、それは苦笑に値するばかりだ。
山口は私にとつて第三故郷[#「第三故郷」に傍点]ともいふべき土地、やつぱりなつかしいうれしい気持をそゝられた、山のよさをはつきり知つた。
ゆつくりして湯田温泉に一浴したかつたが、その余裕も持たなかつた、また近いうちに出かけやうと思ふ。
[#ここから2字下げ]
・わらやしづくするあかるいあめの
・のびあがりのびあがり大根大根
・夕焼ける木の実とし落ちたどんぐり
・こんなところに水仙の芽が、お正月
[#ここで字下げ終わり]
昨日の山口行は私にいろ/\の事を考へさせたが、途上、花柳菜を見て宮崎を思ひ、葉牡丹を見て熊本を思つた。
△抗議二つ、その一は、独居をうらやむなかれ、その二は、古人の様式に今人をあてはめるなかれ。
さみしくなれば、畑を見てまはる、家の周囲をぐる/\まはる、それでもなぐさめられる。
いつのまにやら、干柿をすつかり食べつくした、こゝに改めてF家のおばさんにお礼を申上げなければなるまい、こんなところにも人間の推移があるからおもしろい。
夜、突然、敬坊来庵、酒と汽車弁当とを買つてくる、敬坊は何といふなつかしい人間だらう、酒がなくなり、弁当を食べてしまつてから街へ、そして例の如し。
[#ここから2字下げ]
・酒もなくなつたお月さんで
[#ここで字下げ終わり]
この句が悪くないならば――よくもなからうが――その程度ぐらいにふざけて酔うたのである。
[#ここから2字下げ]
・月がのぼつて何をまつでもなく
[#ここで字下げ終わり]
この句には此頃の私が出てゐると思ふ、待つでもないで待つてゐる私である。……
十二月十五日
悪かつた、小郡に於ける最大悪日だつた。
小人玉を抱いて罪ありといふ、私は玉を預けられて罪を造つたのである。
筆にも言葉にも現はせない悪、毒、悔だつた。
十二月十六日――十九日[#「十九日」はママ]
気分が悪い、樹明君といつしよになつてヨリ悪かつた、私のなげやりと樹明君のむしやくしやとが狂ほしく踊つて歩いた!
十二月十九日
踊りつかれて、戻つてきて、読経した。――
本来空、畢竟空である、空即空[#「空即空」に傍点]、色即色[#「色即色」に傍点]だ、この事実が観念としてゞなく体験として滲みだした。
執着を去れ、自からごまかすな、我を捨てゝしまへ、気取るな。――
△色即色だ、それが空即空だ、十方無礙の空であり、不生不滅の色である、色に執するが故に色を失ふ、空を観じて色に徹するのぢやない、色に住して色に囚へられないが故に空に徹するのである、喝。
私はしゆくぜんとして私を観た。――
十二月二十日
風の、己の、その声を聴く。
十二月廿一日
身辺をかたづけた、昨日も今日も。
夜、樹明来、暫らく話してから街へ出る、すぐ別れて、酒三杯、それでよい、それでよい。
「さびしい」から「さみしさ」へ、それから「さび」へ。
自己に執せずして人類に執する心(五十歩百歩だが)。
ウソをいふな、ホントウがいへないまでも。
食慾から食慾へ、それが人間らしい、子供の食慾、老人の食慾、その間に色々のものがある。
愛よりも信[#「愛よりも信」に傍点](鳥潟令嬢の結婚解消事件に対して)。
十二月廿二日
ぐつすり寝た、大霜だ、冬至、私はうらゝかだ。
熊本の山中さんからありがたい手紙が来た。
農学校の農産物品評会、満蒙展覧会見物。
樹明君を招いて、鰯で一杯やる、暮れてから送つてゆく。
先月分の電燈料を払ひ、例のインチキカフヱーのマイナス五十銭を払ふたのは近来の大出来だつた。
台所に空罎がもう五六本並んでゐる、まことに其中庵風景の豪華版だ!
大風一過[#「大風一過」に傍点]、うらゝかに木の葉ちるかなである[#「うらゝかに木の葉ちるかなである」に傍点]。
[#ここから2字下げ]
・あぶない橋をわたれば影
星が流れる二人で歩く寒いぬかるみ
月並一句、自嘲自戒
われとわが□をせばめたる茶の木哉???
[#ここで字下げ終わり]
十二月廿三日
久しく滞つてゐた水が流れはじめたやうな気分だ、流れる、流れる、流れるまゝに流れてゆく。
身辺整理、出すべき手紙をだし、捨つべきものは捨てた。
自然を味へ[#「自然を味へ」に傍点]、ほんとうに味へ、まづ身を以て、そして心を以て、眼から耳から、鼻から舌から、皮膚から、そして心臓へ、頭へ、――心へ。
[#ここから2字下げ]
・小春日をあるけば墓が二つ三つ
・風をききつつ冷飯をかみつつ
・凩のふけてゆく澄んでくる心
△ △ △
我昔所造諸悪業
皆由無始貪瞋癡
従身口意之所生
一切我今皆懺悔
[#ここで字下げ終わり]
今日今時、我と我が罪過を悔い悪行を愧ぢて、天上天下、有縁無縁、親疎遠近、一切の前に低頭し合掌す、願はくは此真実を以て皆共に仏道を成ぜんことを。
昭和七年十二月二十四[#「四」に「マヽ」の注記]日
[#地から3字上げ]耕畝九拝
十二月二十四日
雪もよひ、なか/\寒い。
米がなくなつた(煙草も)、米なしで暫らく暮らすのもよからう、事々皆好事だ。
山を歩いて、何か活けるやうなものはないかと探したけれど、何も見あたらない、仕方なしに歯朶(ネコシダ?)を五六本持つて戻つて活ける、なか/\よい。
昼食はそば粉をかいて食べる、菜葉をそへて。
大根、ほうれんさう、ちしや、新菊は食べても食べても食べきれない、何といふ豊富!
夕方からあたゝかく雨になつた、夕食はすひとん[#「すひとん」に傍点](関東大震災当時はこれが御馳走だつた、一杯五銭で)。
夜ふけて雨の音がよかつた、いつまでも眠れなかつた。
△私は聴覚的性能の持主――耳の人、或は声の詩人とでもいはうか――であるが、聞き分けるよりも聴き入る方だ[#「聞き分けるよりも聴き入る方だ」に傍点]。
[#ここから2字下げ]
・雪もよひのみかんみんなもがれた
・風に最後のマツチをすらうとする
[#ここで字下げ終わり]
十二月廿五日
けさは蕎麦汁二杯だけ。
あたゝかい手紙(平野さんから)、あたゝかい小包(山野さんから)。
△不幸の幸福[#「不幸の幸福」に傍点]。
よくてもわるくても生きてゐる人間だ[#「生きてゐる人間だ」に傍点]。
酒は一人で飲むものぢやない、といふやうな訳で、地下足袋を穿いて、雨のぬかるみを訪ねたら、樹明君不在、それから歩いた歩いた、飲んだ飲んだ、ワヤのワヤになつた。
誰かにいはれるまでもなく、私は私の人格がゼロであることを知りぬいてゐる、いや、私には人格なんかないのだ。
[#ここから2字下げ]
・冬雨の遠くから大きな小包
[#ここで字下げ終わり]
十二月廿六日
よいところがあればわるいところがある、わるいところがあればよいところがある、重点はその分量[#「分量」に傍点]如何にある。
心一つ、――心一つの存在である。
雨そして酒、外に何の求むるところぞ。
[#ここから2字下げ]
・冬ざれの水がたたへていつぱい
・ひとりの火の燃えさかりゆくを
[#ここで字下げ終わり]
十二月廿七日
ウソもマコトもない世界に生きたい。
ウソといへばみんなウソだ、マコトといへばみんなマコトだ。
十二月廿八日
雨、あたゝか
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