福だ、やつぱりメグマレテヰル!
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朝早い柿をもぐより食べてゐる(樹明君に)
・この山里へ朝からひゞくは柿買車で
わが庵の更けては落葉の音するだけ
・道はひとすぢの、バスがくる蟹がよこぎる
・重荷おもくて高きへのぼるたかい空
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ちよつとそこらの枯枝をひろひあつめたゞけで、茶を入れるほどの湯はわいた、その茶のよろしさ、あたゝかう身ぬちへしみ入つた。
仏説四十二章経を読んだ、恥ぢ入つた、出家沙門とは何ぞや、あゝいたい、いたい、いたい。
今日の新聞の運勢欄が眼についた、かう書いてあつた、――一白の人、満山紅葉の錦を以て飾られし如く美々し、――これは美々しすぎる、そんなに美々しくなくてもよろしい、ちよい/\、ところ/″\美々しければ結構ですよ、それはとにかく、もう紅葉シーズンとなつた、見わたす山の雑木紅葉がうつくしい、石の鳥井に銀杏のかゞやき、白壁土蔵に楓の一もと、などはありふれた月並風景だけれど、さすがに捨てがたいものがある、小高い丘の雑木二三本、赤く、黄いろく、もみずつてゐるのは、たちどまつて眺めずにはゐられない。
私が秋晴半日逍遙してゐる間に、樹明君が帰宅の途上、立寄つたらしい、いつぞや無心しておいた原稿紙がちやんと机の上に持つてきてある、そして汽車、自動車の新らしい時間表が襖に貼りつけてある、多謝々々。
今夜は久しぶりおいしい水をのんだ、F家の井戸の水はよい水だ。
十一月二日
昨夜は割合によく眠れたので、今朝の眼覚めもわるくない、お天気は照つたり曇つたり、晴れた方が多く温かだつた。
夢窓国師夢中問答集を読む。
やつと酒壺洞君から鉢の子[#「鉢の子」に傍点]到着、これは寄贈用として。
今日も出歩かずにはゐられなかつた、早昼飯を食べてから、西へ西へとたどつた、道が時々なくなるので、引き返したり、がむしやらに雑草を踏み分けたりして、やうやく小山を一つ越えて、嘉川へ着いた、こゝにもおもひでがある(周中三年生として下関へ修学旅行途上の一泊地だつた、等、等)、そしてそこから旧国道を戻つて来た、土ほこりには閉口した、そのために、だん/\憂欝になつて、とう/\頭痛がしだした。
夕方、樹明君来庵、茶をのんで、粥をたべて、しばらく話しあつた、君も近来禁酒で(疾病のために)、そして私が怠慢なので(三八九の原稿も書かないから)、何となく不機嫌だつた、私は内心、気の毒やら申訳ないやらで恐縮したことである。
関門日々新聞の九星欄を見ると、――一白の人、紅葉の美も凋落し葉を振ひ落せし如き日――とある、これではたまらない、何とかならないものかな、もつとも、私はいつも裸木だが!
山の野菊(嫁菜の類)、龍胆がうつくしかつた、ひたゝきもめづらしく可愛かつた、この小鳥を見たのは何年ぶりだらう、山柿や櫨紅葉のよいことはいふまでもない。
りんだうを持つてかへつて活けた、山の花として満点。
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・みんなもがれてこの柿の木は落葉するばかり
・この山奥にも田があり蝗があそんでゐる
・りんだうはつゝましく蔓草のからみつき
・見はるかす野や街や雲かげのうつりゆくを
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十一月三日
天地玲瓏として身心清明、菊花節。
ほんとうによいたよりがあつた、同時にそれは恥づかしい(受取人の私には)たよりでもあつた。
句集を寄贈発送する、ほがらか/\。
樹明君来庵、ひさしぶりに飲んだ、酔うて歩いた、歩いてまた飲んだ、別れてから少ワヤ、おそくかへつてきてお茶漬をたべる、独身者は気軽でもあればみじめでもある。
葉が落ちる、柿、枇杷、棗。――
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・秋はほがらかな日かげ、もう郵便がくるころ
・みほとけはひとすぢのお線香まつすぐ
・落葉ふる奥ふかくみほとけを見る
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十一月五日[#「十一月五日」はママ]
今日一日は殆んど寝て暮らした、もつたいないことである。
昨夜はやつぱり飲みすぎ歩きすぎだつた、しかし脱線[#「脱線」に傍点]ではなかつた、混線[#「混線」に傍点]程度にとゞまつた。
それでも労れた、何しろ半月ぶりだつたから――もつとも時々あのぐらゐの酒と乱歩とがないと、生存してゐられない。
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寝てをれば花瓶の花ひらき
・今日の落葉は落ちたまゝにしておかう
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十一月六日[#「十一月六日」はママ]
朝寝した、晴れてゐる、元気回復、何でもやつてこい!
敬坊から来信、「松」十一月号が来る。
落葉を掃きつゝ、身も心ものびやかに、大空を仰ぎつゝ。
何となく人の待たれる日、といつて誰も来ないけれど。
正午のサイレンをきいてから湯屋へ、かへりみち、墓場の黄菊(これがほんとうの野菊であると思ふ)を無断頂戴して来て、仏前に供へ奉つた。
銀杏かゞやかに、山茶花はさみしく。
このあたりには雀がゐない、どうした訳だらう、私は雀に親しみを持つてゐる。
裏を歩いたついでに拾うてきた枯枝で、ゆふべの粥がうまく出来た、何でもない事だけれど、ありがたい事である。
日ごろはつゝましく、あまりにつゝましく、そして飲めばいつも飲みすぎる、――これも性であり命である、一円をくづして費ふ人もあれば、そのまゝ費ひ果す人もある。
業報は受けなければならない、それは免かれることの出来ないものである、しかし業報をいかに[#「いかに」に傍点]受けるかはその人の意志にある、そして生死や禍福や、すべてを味到することが出来る力は信念にのみある。
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もう穴に入るまへの蛇で日向ぼこ
・ほがらかにして親豚仔豚
・夕日の、ひつそりと落葉する木の
・音がして落ちるは柿の葉で
・あれは木の実の声です
・夜はしぼむ花いけてひとりぐらし
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夜に入つてから樹明君来庵、渋茶をすゝりながらつゝましく話して別れた、月も林のかなたに、汽車の響がもうだいぶ更けたらしい調子になつてゐた。
アルボースせつけんのきゝめが意外にてきめんなのに驚かされた、まだ二回しか使はないが、それでも頭部のかゆがりがかゆる[#「る」に「マヽ」の注記]くなくなつた、私が此頃とりわけいら/\している源因の一つは、このかゆがりがかゆくてかゆくて、かけばいたむし、かかずにはゐられないし、それこそ痛し痒しの苦しみだが、そのかゆがりにあると思ふ、しかし痒いところを掻く時の気持は何ともいへない快さである。
十一月六日
けさも朝寝、お寺の鐘を床の中で聴いた、空はどんより曇つてゐるが私の心は重くない。
妙な、珍らしい夢を見た、Sさんが訪ねてきたのである、そしてさらにKさんも訪ねてきたのである、そこへ父があらはれる、彼の彼女があらはれる、あの懐かしくてならない老祖母までがあらはれてくれたのであつた。……
ひたきがきて、そこらで啼いてゐる、すぐ出て見たけれど、枝から枝へうつるらしい姿は眼に入らない、やがてどこかへ飛んでいつてしまつた。
雀がゐないのはまことにさびしい、樹明君の説では、このあたりは藁屋ばかりで巣がかけられないからだらうとの事、さうかも知れない、では私が一つ雀の宿をこしらへてあげやうか。
はらみこうろぎは腹がおもくてとべないので、よち/\あるいてゐる、子蜘蛛がおほぜいで網を張るおけいこをしてゐた。
午後一浴(一杯がないのは残念々々)、もうトンビをきてゐる人もあるのに私はまだ単衣だ、KSよ、早く送つてちようだい。
酒屋さんが空罎とりにやつてきた、酒のことを話し合ふ、酒では私も専門家の一人だ(酒客としても、またかつては同業者としても)、今日の会話はこれだけ。
日暮頃から、やうやう雨になつた、慈雨といつてよからう、野良仕事には困るだらうけれど、水不足には一層困るから。
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・山をあるけば木の実ひらふともなく
・水くんでくる草の実ついてくる
森はまづいりくちの櫨を染め
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夜はしづかだつた、雨の音、落葉の音、そして虫の声、鳥の声、きちんと机にむいて、芭蕉句集を読みかへした、すぐれた句が秋の部に多いのは当然であるが、さすがに芭蕉の心境はれいろうとうてつ、一塵を立せず、孤高独歩の寂静三昧である、深さ、静けさ、こまやかさ、わびしさ、――東洋的、日本的、仏教的(禅)なものが、しん/\として掬めども尽きない。
十一月七日
とう/\朝寝坊になつてしまつたが、眠られないより眠られる方がよろしい、よき食慾はあつたけれど、よき睡眠はなかつたから。
今日は立冬、寒い、寒い、洟水が出るから情ない、冬隣から初冬へ。
晴れてはあたゝかく、曇れば寒い。
樹明君からサクラ到来、そのためでもあるまいが、少し跳ねて少しワヤ!
十一月八日
やつぱり跳ねすぎた、――飲む、寝る、――そして。
盃の焼酎に落ちて溺れて蠅が死んだ、それは私自身の姿ではなかつたか。
十一月九日
ブランクだ、空白のまゝにしてをかう。
十日の分もおなじく、さうする外ない。
十一月十一日
星城子君から小包が来た、今春預けて置いた古袷を送つて下さつたのである、これでやつと冬着をきることが出来る。
この一封を見よ[#「この一封を見よ」に傍点](山頭火様御煙草銭として若干金添入してあつた)何といふあたゝかい星城子君の志だらう、剣道四段の胸に咲いた赤い花ではないか。
十一月十二日
どうしても身心がすぐれない。
昨日、星城子君から戴いたゲルトを汽車賃にして白船居を訪ねる、いつ逢つてもかはらない温厚の君士[#「士」に「マヽ」の注記]人、すこし快活になつて、夜は質郎居で雑草句会、いつものやうに与太もとばせない、引留められるのを断つて二時の夜行列車で防府まで、もう御神幸はすんでゐた、夜の明けるまで街を山を歩きまはつた、此地が故郷の故郷だ、一草一木一石にも追憶がある。
佐かた利園はやつぱりよかつた、国分寺もよかつた。
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石へ月かげの落ちてきた
□
街はお祭の、せつせと稲を刈つてゐる
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十一月十三日
ます/\憂欝になる、白船居でめぐら[#「ら」に「マヽ」の注記]れた快活が防府でまたうばはれてしまつたのだ。
篤君に逢つたのはうれしかつた、そして東路君に逢へなかつたのは、遺憾といふよりも不快だつた。
一時の汽車で戻つた、戻つたことは戻つたけれど、ぢつとしてゐられないから、街へ出かけてシヨウチユウを呷つた、そして脱線しえられるだけ脱線したらしい(意識が朦朧としてゐたから)。
十一月十四日――十七日
ブランク、強ゐて書けば、降つたり晴れたり、寝たり起きたり、泣いたり笑つたり。
十一月十八日
柿はすつかり葉をおとした、裸木もそうごんなものだ。
茶の花ざかり、枇杷の花ざかり。
十一月十九日
どうにもかうにもやりきれないから、一升借りてきて一杯やつてゐるところへ樹明君来庵、さしつさゝれつ、こゝろよく飲んだ、そして街までいつしよに出かけて、また二三杯。
私はいつものやうでなく、しつかりしてゐたが、樹明君は日頃に似合はず酔ひつぶれてしまつたらしい(私は先に帰つてきた)、君の酔態を観てゐると、私は私自身の場合よりも悲しく感じる。
十一月二十日
未明に樹明君がひよろ/\してやつてきた、そして一日寝て暮らした、みじめな二人だつた。
樹明君は夕方に帰宅して、またやつてきた、あの良妻をごまかしたのである、私は家庭争議の起らなかつたことを喜ぶと同時に、君の酒癖を憎まずにはゐられなかつた。
樹明君の妻君に幸福あれ。
今日一日、私はめづらしく冷静だつた。
十一月廿一日
私の近来の生活はただ愚劣[#「愚劣」に白三角傍点]の一語に尽く。
十一月廿二日
独坐、読書。
十一月廿三日
すこし気分がよくなつた、一升借りてきて樹明君と飲む。
夜、街の人々といつしよに飲んだ、可もなく不可もない酒だつた、樹明君から或る家庭争議を聞いた、情痴といふやうな事は私にはよく解らない。
十一月廿四日
しぐれ、しぐれ、しぐれ。
ありがた
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