八九が出来たら行乞[#「行乞」に傍点]に出かけやう、遊んでゐると、しらず/\我儘[#「我儘」に傍点]になつてゐる。
月を眺めてゐたが、咽喉がいけないので砂糖湯を飲み、厠にはいつてゐると、誰やら来たらしい、そのまゝ返事をする、やつぱり樹明君だつた、誰もがみんなさびしいのだらう。
持つて来て貰つた茶をがぶ/\飲んで別れる、いつもの癖で、送つて出て、月を見あげながら尿する。
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・土の虫のちぎられたまゝ土にもぐる
 月にむいて誰をまつとなくくつわむし
 ふけてあぶらむしがはふだけ
・住みついて煤のおちるにも(改作)
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 十月十六日

夜あけのしぐれはさびしくわびしく身にしみた。
けさの空はうつくしかつた、月はもとより、明星のひかりが凄艶、いや冷徹であつた。
かまどを焚いてゐて虫――こうろぎの声をきいてゐると、虫も私も老いたりの感がある、それとおなじやうに、お経をあげてゐると、虫の声も私の声も寂びてきたと思ふ。
苦茗をすゝる前に、まづ最初の一杯を観世音に献じる、そして仏といふものが、したしみふかい存在[#「したしみふかい存在」に傍点]として示現する。
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・あぶらむしおまへのひげものびてゐる
 あかつきのあかりで死んでゆく虫で
・水音のしんじつ落ちついてきた
 もうはれて葉からこぼれる月のさやけさ
 柿がうれてたれて朝をむかへてゐる
    □
・露も落葉もみんな掃きよせる
・秋の朝の土へうちこみうちこむ
・朝の秋風をふきぬけさせてをく
・秋空の電線のもつれをなをさうとする
・枇杷から柿へ、けさの蜘蝶の囲はそのまゝに
  浜納豆到来、裾分して
 秋空、はる/″\おくられて来た納豆です
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酒壺洞君からやうやく手紙が来た、無論、よいたよりだつたが、君の身辺に或る事件が起つて、それがためにこんなにおくれたと知つては、ほんとうに気の毒である、才人酒壺洞君にもさうした過失(勿論それは君自身の犯したものではないけれど)があるとは、まことに世の中は思ふまゝにはならぬものだと、改めて教へられた。
句集代の小為替を現金に代へて貰つて、いろ/\の買物をする、そして最後にはワヤまで買つてしまつた、そのワヤは私としてあまりに非常識な、そしてあまりに高価なものだつた、幸にして冬村君の好意によつて非常事を処理することが出来たことは出来たが、――冬村君にはすまなかつた、何ともかともいひやうがない。
ぼうとして戻つてきた、手の火傷がいたい、茶碗をこはした、むしやくしやして寝てゐるところへ樹明君がやつてきた、とても起きあがれないので寝たまゝでむちやくちやを話す、君も或る事件でむしやくしやしてゐる、いつしよに飲みにゆかうといふのも断つて、そのまゝ悪夢を見つゞけた。……
かうして生てゐてどうするんだ、生きてゐる以上は生きてゐるに値するだけの生活(たとへそれはたゞ主観的であつても)を営まなければ嘘だ、もう嘘には倦いた、本当らしい嘘[#「本当らしい嘘」に傍点]をくりかへしては今日まで存らへてゐたが。……

 十月十七日

終日就床、昨日の飯を食べてゐた。
自己清算、それが出来なければ私はもう生きてゐられなくなつた、いさぎよく、自己決算[#「自己決算」に傍点]でもやれ(やれるかい)。
自殺はやつぱり嫌だ、嫌なばかりぢやない、周囲の人々に迷惑をかける、それは自分をごまかすばかりでなく、他人の好意に悪感を酬いるばかりだ。
死ぬにも死ねない、生きるにも生きられない、ヂレンマだ、こゝに宗教的、殊に禅の飛躍[#「禅の飛躍」に傍点]がなければならない。
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・あてもなくあるけば月がついてくる
・月も林をさまよふてゐた
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夜、菜葉粥[#「菜葉粥」に傍点]をこしらへて食べた、それでだいぶ身心がなごんだ。
買物――昨日の買物をつけてをく。
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一、 九銭   ハガキ六枚    一、 十銭   湯札四枚
一、十二銭   昆布五十目    一、二十三銭  日和下駄一足
一、二十銭   焼酎二合     一、 七銭   バツト一ツ
  〆金 八十一銭
     外にワヤ代(冬村君の保證によつて懸)
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    □
・こゝろおちつかず塩昆布を煮る
・さみしさへしぶい茶をそゝぐ
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長い、長い一夜だつた、展転反側とはこれだらう、あれを思ひこれを考へる、ガランとして、そしてうづまくものがあつた。……

 十月十八日

曇、やつと平静をとりもどした、お観音さまの御命日なので普門品読誦、胸がいたい、罰だ、みんな自業自得だ、いつさいがつさい投げだして清算しよう、さうするより外に私の復活する方法はない。
郵便がきた、新聞がきた、さてこのつぎには何がくるか、何もない!
出かける元気もないし、出かければロクな事はないし、それではどうするか、寝るか読むか書くか、よろしい、土いぢり草とりがいちばんよろしい。
       □
白船老から手紙と半切とが来た、これで其中庵も持つべきものを一つ持つことが出来た訳だ、多謝多謝。
だん/\晴れる、空も人も。
自から閉門を申渡して蟄居謹慎、しんみりと土に遊んだ[#「土に遊んだ」に傍点]。
さみしいといひ、いら/\するといふ、すべてがワガママ[#「ワガママ」に傍点]だ、このワガママがとれなければ私は救はれない。
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・ひとりで障子いつぱいの日かげで
・おちつけば茶の花もほつ/\咲いて
 煮えるもののかげがある寒いゆふべで
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しづかに読む、そして読経、しづかに暮れていつた。
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・みほとけのかげにぬかづくもののかげ
    □
・闇夜かへつてきてあついあついお茶
・秋の夜ふかうして心臓を聴く
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 十月十九日

曇、雨が近いらしい。
けさも朝寝、といつても五時過ぎ、咳で覚めたのである、いやな夢も見たのだ、小人夢多し、是非もないかな。
火を焚くことが上手になつた、習ふより慣れろだ、今までは木炭で自炊してゐたのだが。
百舌鳥が啼く、サイレンが鳴る、両者は関係がないけれど、私の主観に於ては融合する、百舌鳥は自然のサイレン、サイレンは人間の百舌鳥か。
苦茗、といふよりも熱茗をすゝる、まづ最初の一杯を仏前に供へることは決して忘れない、私にも草庵一風の茶味があつてもよからう、しかし、酒から茶への転換はまだ/\むつかしい。
寒い、ほんとうに寒い、もう単衣でもあるまいぢやないか、冬物はこしらへて送つてあげますといつてよこした人が怨めしい、といふのも私の我儘だけれど。
今日の御飯は可もなく不可もなし、やつぱり底が焦げついて香しくなるやうでないとおいしくない。
朝課諷経は食後にして、大根おろしに納豆で食べる、朝飯はいちばんうまい。
畑を見まはる、楽しみこゝにあり、肥料をやつたので、ひよろひよろ大根がだいぶしつかりしてきた、白菜はもう一度間引しなければなるまい、ひともじ[#「ひともじ」に傍点]の勢のよさ、何とほうれんさうが伸ぶことぞ、新菊は芽生える/\。
掃く、柿の落葉だけだ、雑草はそのまゝにしてをけ、土地は誰の独占物でもない、雑草だつて生えて伸びて茂る権利があらうぢやないか。
暫らく読書、新聞がきたから新聞を読む。
早目に昼飯、塩昆布でお茶漬さら/\。
日中諷経は修證義、その語句が身にしみる。
樹明君から胃の薬[#「胃の薬」に傍点](いや白米大菩薩)到来、これで当分餓える心配なし、それにしてもいつまでも知友の厚情に甘えてゐてはならない、行乞、行乞、行乞に出かけやう、そして安易と我侭とを解消しよう(此一項は、読書の項の前に記入すべきだつた)。
樹明君の来信の一節に『しばらく菜根を噛んで静養して下さい』とある、まことにその通り、今日は文字通りの菜根デーだらう。
茶の花を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]しかへる、さびしい、ゆかしい花なるかな。
郵便さんがとう/\来なかつた、めづらしい事だ。
Jさんの妻君がいつものやうに子供多勢ひきつれて柿もぎに来た、子供はやつぱりうるさい、柿はしづかなのに。
憂欝が忍び足でやつてきた、それからのがれるには、歩くか、飲むか、寝るか、三つの手段があるが、歩くだけの元気なく、飲むほどの銭がなく、寝てみたが寝つかれないので、入浴と出かける、二銭五厘の遣悶策だ、あたゝかい湯に浸り、髯を剃つたら、だいぶ気軽になつた。
四日ぶりに街へ出かけたのだが、人間は人間の中へはいりたがる、それが自然でもある、私にだつてそれが本当だらう。
川ぞひのみぞそば[#「みぞそば」に傍点]のうつくしさ、私はしばし見惚れた、此地方のそれは特別にうつくしいと思ふ。
歩けばきつと蛇の二三匹におびやかされる、けふもまた蛙が喰ひつかれて断末魔の悲鳴をあげてゐた、いたましいとは思ふけれど、私はどうすることも出来ない、蛙よ、汝は汝の運命のつたなきを泣け!(芭蕉が大井川のほとりで秋風の捨児に与へたと同一の語句だ)
夕飯も茶漬でぼそ/\だつた。
晩課諷経は普門品にする、偈頌の後半部はまつたくうれしい、身心がのび/\するやうだつた。
夜は読んだり書いたり、さて寝ようかなと思つてゐるところへ、樹明君の足音が聞える、久振だな、といつても四日振だ、それほど二人はしげ/\逢つてゐた、逢はずにはゐられないのだ。
あれこれ話しつゞけてゐたが、いよ/\農繁期に入つたのでまた暫らく逢へまいといふので、一杯やることに相談一決(いつでも異議のあつたことがない!)私は支度、君は街まで一走り。
いゝ酒だつた、罐詰もうまかつた、私が大部分平らげた、そしてずゐぶん酔うて、君を困らしたらしい、例の常習的変態デマをとばしたのだらう、とにかく、私は親友に対しては駄々ツ児だ。
幸にして(樹明君が今夜はいつもとちがつてしつかりしてゐた)ワヤにならなかつた、ありがたかつた。
送つて出て月がある、――それから、粥を煮て食べた、このあたりの行為は夢遊病者に似てゐる。
     就寝前の言葉として(附記)
飛躍[#「飛躍」に傍点]はなかつた、しかし、たしかに諦観[#「諦観」に傍点]はあつた、自己超越に近いもの、身心脱落らしいもの、さういふ心境への第一歩を歩んだと信じてゐる。
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・秋空、うめくは豚(追加)
・朝は陽のとゞくところで茶の花見つけた
 めをとで柿もぐ空が高い
 秋の山の近道の花をつんでもどる
・たそがれる木かげから木かげへ人かげ
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 十月二十日

まつたく朝寝だつた、六時のサイレンで眼が覚めたのだ、それほど、昨夜は快く酔うたのである。
そしてまた、よい御飯、よいお汁だつた。
山へ石蕗の花を貰ひに行く、そこにもこゝにも黄金色のかたまりがかゞやいてゐる、野の花としても、また庭の花としても賞美するに足る、すこし盛りをすぎてはゐたが、欲しいだけのものは貰つた、戻つて、ふと袖や裾を見ると、草の実だらけだ、これは一本まゐつた、花だけ求めたのはやつぱり人間のエゴだ。
長崎の十返花君から、枇杷二部とハガキ、同誌はこぢんまりと気がきいてゐたが、どうやら気がきゝすぎてきた様子、もう止めるかも知れないといふ源[#「源」に「マヽ」の注記]因の一つはこゝにあらう。
百舌鳥がしきり啼く、そして私は胃が悪い、むろん痔はよくない。
昼御飯を食べてから湯屋まで出かける、今日も道すがら、みぞそばの美にうたれた、帰途は前の家のF老人と道連れになり、世間話をつゞけた。
空家の庭園から、コスモスと鶏頭とを盗んできて仏様にあげる。
北九州の炭坑町で、酌婦と坑夫とのダイナマイト心中があつたさうな、いかにも北州[#「北州」に「マヽ」の注記]らしい、そして病酌婦と失職坑夫との心中らしい。
塩昆布をこしらへる、昆布五銭、醤油十銭。
柿と娘、――これは日々見る活画題だ。
町のお寺で幼稚園の遊戯を見物してゐるうちに、涙ぐましくなつて閉口した、白
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