見
[#ここから3字下げ]
重荷おもけど人がひく犬がひく
[#ここで字下げ終わり]
十一月十一日 晴、滞在。
七時――十二時、市内行乞(米四合、銭五十五銭)。
人さまざま世さまざま、同室四人、みなへんろさん、私もその一人。
身心のむなしさ[#「身心のむなしさ」に傍点]を感じる。
高知城観覧、その下でお弁当をひらく、虱をとる、帰宿して一杯、そして一浴、鬚を剃った、ぽかぽか――ぼうぼう。――
十一月十二日 よき晴れ、滞在。
八時から十一時まで行乞、銭四十七銭米八合。
高知はやっぱり四国の都会、おせったいの意味で、みかん、かし、いも……をいただくことが多い、午後は曇る、降ったら困るな、一杯ひっかける!
夜は市街を散歩する、明日の行乞場所を視察しておく、歩いても歩いても何を視ても何を視てもなぐさまない。
十一月十三日 晴、滞在。
晴れてありがたかった、へんろの旅には何よりもお天気がありがたい、うすら寒い。
八時――十一時行乞、いやでいやでたまらないけれど、食べて泊るほどいただくまで、――三時まで行乞、かろうじて銭三十四銭米五合、頂戴して帰る、一杯頂戴してほっとする。……
同宿同室一人ふえる、若い易者だ、なかなかのリクツヤらしい。
――銭一銭米一合残っているだけだ!
[#ここから3字下げ]
ひなたまぶしく飯ばかりの飯を
まぶしくしらみとりつくせない
老木倒れたるままのひかげ
[#ここから5字下げ]
街のある日のあるところ
[#ここから3字下げ]
ハイヒールで葱ぶらさげて只今おかへり
今日の太陽がまづ城のてつぺん
道べり腰をおろして知らない顔ばかり
旅のほこりをうちはらふ草のげつそり枯れた
旅の旅路の何となくいそぐ
[#ここで字下げ終わり]
十一月十四日 晴――曇、滞在。
寒くなつた、冬が近づいたなと思う、沈欝やりどころなし、澄太君からも緑平老からも、また無相さんからも、どうしてたよりがないのだろう、覚悟して――というよりも、あきらめて――ままよ一杯、また一杯。……
今日はよく辛棒[#「棒」に「ママ」の注記]した、七時――十一時、そしてまた十二時――二時、市内行乞、五十二銭の銭と八合の米を貰って帰って来た。
毎夜、御詠歌の稽古が熱心につづけられる、御詠歌というものはいろいろの派があるけれど、所詮はほろり[#「ほろり」に傍点]とさせられるところにそのいのちがある。
銭はなくてもゆとり[#「ゆとり」に傍点]がある!
[#ここから3字下げ]
いろ/\さま/″\
[#ここから1字下げ]
木賃宿は、多くの人は御飯四合[#「四合」に傍点]貰う(女は三合[#「三合」に傍点])、それを三度分にする人もあるし、二度で食べてしまう人も少くない、だいたい流浪者はお昼をぬかす二食が普通だ。
私は五合[#「五合」に傍点]食べる、大食の方だが、いつも三度に食べるのだから(お弁当を持って出るので)、あたりまえかも知れない、もっとも四国の宿の御飯は他の地方のそれよりも正確で、量が多いことは間違はない。
高知で眼についた看板二三――
安めし[#「安めし」に傍点]、これは適切だ、安宿[#「安宿」に傍点]も適切(木賃宿は普通だが、簡易宿、経済宿はかえっておもしろくない)、かん安売[#「かん安売」に傍点]、これはどうかと思う、かん[#「かん」に傍点]は棺である。
[#ここで字下げ終わり]
十一月十五日 秋晴、滞在。
早起、身心軽快、誰も愉快そうだ、私も愉快にならざるをえないではないか。
八時から十一時まで行乞、なぜだかいやでいやでたえがたくなって、河原に横ってお弁当を食べたり景色を観たりしても、気分がごまかせない、あちらこちらを無理に行乞して二時帰宿、一杯ひっかけた、財布に五銭、さんや[#「さんや」に傍線]に一合しかない、行こう行こう、明朝はどうでもこうでも出立しよう、絶食もよし、野宿もやむをえない、――放下着、こだわるな、こだわるな、とどこおりなく流れてゆく[#「とどこおりなく流れてゆく」に傍点]、――それが私の道ではないか!
今朝、同室のおへんろさん二人出立、西へ東へ、御機嫌よう、御縁があったらまた逢いましょう。
新客一人、野宿のお遍路さんらしい。
――水のように[#「水のように」に傍点]、雲のように[#「雲のように」に傍点]。――
今日の功徳は銭三十三銭、米五合也、食べて泊って、そして一杯ひっかけて、煙草も買ったので、残るところは……心細いといえば心細い、その心細さで明日からは野に臥し山で寝なければならないだろう、三度の食事もあまりあて[#「あて」に傍点]にはなるまい!
十一月十六日 晴――曇、行程八里、越智町[#「越智町」に傍点]、野宿[#「野宿」に傍点]。
暗いうちに起きたが出発は七時ちかくなった、思いあきらめて松山へいそぐ、――高知では甲斐なくも滞在しすぎた、さよなら、若い易者さんよ、老同行よ、さよなら高知よ。
途中処々行乞、伊野町へ十一時着いて一時まで行乞(道中いそいだので老同行を追いぬいたのは恥ずかしかった、すまなかったと思う)、銭三十四銭米六合戴いた、仁淀川橋、土佐紙などが印象された。
とっぷり暮れて越智町に入ったが、どの宿屋でも断られ、一杯元気で製材所の倉庫にもぐりこんで寝る、犬に嗅ぎ出されて困った、ろくろく睡れなかった、鼠に米袋をかじられた、――絶食野宿[#「絶食野宿」に傍点]はつらいものである。
十一月十七日 曇――時雨、行程四里、川口在善根宿[#「川口在善根宿」に傍点]。
おもわず寝すごして、のこのこ出かけるところを家人に見つけられたらしいが、何ともいわれなかった、お世話になりました。
七時から十時まで越智町行乞、しぐれだしたがしぐれるままに行乞しつづけた(薯、餅、菓子、柿、密[#「密」に「ママ」の注記]柑、――そのまま食べられるものが今朝はうれしかった、何しろ腹が空っては読経が出来ない!)、それから行けるところまで行く心がまえ[#「行けるところまで行く心がまえ」に傍点]で。――
午後は晴れた、風景よろし(寺村橋より殊に)、しみじみ山と水とを観た。
川口行乞、伊野――越智――とつづいて行乞成績がよい、遍路街道でなく、そしてまた遍路も稀で、人情も信仰もあついものがある、今日の功徳は銭五十八銭米一升四合。
野宿覚悟で川口の街はずれをいそいでいると川土手の下から呼びとめられた、遍路さんお米を売ってくれないかとおかみさんがいうのである、そこへ下りて行くと家といえば家のような小屋が二軒ある、一升買ってくれた、しかも四十二銭で、――竹籠を編んでいた主人公が、よかったら泊って行きなさい野宿よりましだろう、という、渡りに船で泊めて貰う、板張、筵敷、さんたんたる住居である、そして夫婦のあたたかい心はどうだ!(茶碗も数が足らなく蒲団も掛一枚きりだった)子供六人! 猫三匹、鶏数羽、老人、牛。……
私はなけなしの財布から老人と主人とに酒を、妻君と子供に菓子を買ってあげて、まずしい、しかもおいしい夕飯をみんないっしょにいただいたことである。
労れて、酔うて、ぐっすり寝た、瀬音も耳につかなかった。
十一月十八日 好晴、往復四里、おなじく。
山のよろしさ、水のよろしさ、人のよろしさ、主人に教えられて、二里ちかく奥にある池川町へ出かけて行乞、九時から十二時まで、いろいろの点で、よい町であった(行きちがう小学生がお辞儀する)。
行乞成績は銭七十九銭、米一升三合、もったいなかった(留守は多かったけれど、お通りは殆んどなかった、奥の町はよいかな)。
渓谷美[#「渓谷美」に傍点]、私の好きな山も水も存分に味った、野糞山糞[#「野糞山糞」に傍点]、何と景色のよいこと! 三時には帰って来て、川で身心を清め、そして一杯すすった。
明けおそく暮れ早い山峡の第二夜が来た、今夜は瀬音が耳について、いつまでも睡れなかった。
宵月、そして星空、うつくしかった。
[#ここから1字下げ]
“谿谷美”
“善根宿”
“野宿”
行乞しつつ、無言ではあるが私のよびかける言葉の一節、或る日或る家で――
“おかみさんよ、足を洗うよりも心を洗いなさい、石敷を拭くよりも心を拭きなさい”
“顔をうつくしくするよりもまず心をうつくしくしなさい”
[#ここから5字下げ]
(十一月十六日)(十一月十七日)(十一月十八日)
[#ここから3字下げ]
あなたの好きな山茶花の散つては咲く(或る友に)
[#ここから5字下げ]
野宿
[#ここから3字下げ]
わが手わが足われにあたたかく寝る
夜の長さ夜どほし犬にほえられて
寝ても覚めても夜が長い瀬の音
橋があると家がある崖の蔦紅葉
山のするどさそこに昼月をおく
びつしり唐黍ほしならべゆたかなかまへ
岩ばしる水がたたへて青さ禊する
山のしづけさはわが息くさく
[#ここで字下げ終わり]
十一月十九日 秋晴、行程七里。
落出[#「落出」に傍点]の街はずれ大野大師堂でお通夜、ゆっくりして八時出立、それではどなたもごきげんよう、たいへんお世話になりました。……
昨日の道よりも今日の道、山と水とがますますうつくしくなる、引地橋ほとりの眺望もよい、猿橋のほとりも(その街を十時から十一時まで行乞)、仁淀渓谷[#「仁淀渓谷」に傍点]。
秋の日は傾いたが、舟戸で泊れない、県界――両国橋――を越えていそぐ、西の谷でも泊れない、落出に来たが泊れない(宿屋という宿屋ではみな断られた、遍路はいっさい泊めないらしい)、詮方なしに一杯かたむける、その店の人に教えられて、街はずれの丘の上にある大師堂でお通夜した、戸があり茣蓙があって、なかなかよかった、お弁当の残りを食べ、飴玉をしゃぶりつつ、いつとなく眠った、夜もすがら渓声。
宵のうちはアルコールの力で熟睡するが、明け方には眼が覚めて、夜の長いこと長いこと、水音たえずして、そしてしずけさ、さびしさ、昨夜のにぎやかで、うるさかったのにくらべて、この寒さ、とにかく[#「とにかく」に傍点]、この二三日は今まで知らないものを知った[#「この二三日は今まで知らないものを知った」に傍点]。
十一月二十日 晴、好晴、行程六里、久万町、札所下、とみや。
やっと夜が明けはじめた、いちめんの霧である、寒い寒い、手足が冷える(さすがに土佐は温かく伊予は寒いと思う)、瀬の音が高い、霧がうすらぐにつれて前面の山のよさがあらわれる、すぐそばの桜紅葉がほろほろ散りしく、焼香読経、冥[#「冥」に「ママ」の注記]想黙祷。
そこへ村の信心老人――この堂の世話人らしい――が詣でで来て、何かと聞かされた、遍路にもいろいろあって、めったにはここに泊められないこと、お賽銭を盗んだり何かして困ること、幸にして私の正しさは認めて貰った。
寒いけれど(川風が吹くので)八時から一時間ばかり行乞(銭二十八銭、米四合、途中も行乞しつつ)、それから久万へ、成川の流れ、山々の雑木紅葉、歩々の美観、路傍の家のおばあさんからふかし薯をたくさん頂戴した、さっそく朝食として半分、またの半分は昼食として、うまかった、うれしかった。
三里ちかく来ると御三戸橋《ミミトバシ》、ここから面河渓へ入る道が分れている、そこの巨大なる夫婦岩[#「夫婦岩」に傍点]は奥地の風景の尋常でなかろうことを思わせるに十分である、私はひたむきに久万へ――松山へといそいだ。
山がひらけるともう久万町[#「久万町」に傍点]だった、まだ日は落ちなかった、札所下の宿に泊ることが出来た、おばあさんなかなかの上手者、よい宿である、広くて深切で、そして。――
五日ぶりの宿[#「五日ぶりの宿」に傍点]、五日ぶりの風呂[#「五日ぶりの風呂」に傍点]!(よい宿のよい風呂)
街まで出かけて、ちゃんぽんで二杯ひっかけた、甘露々々、そして極楽々々(宿へは米五合銭三十銭渡して安心)。
同宿十数人、同室の同行(修行遍路)から田舎餅を御馳走になった、何ともいえない味だった、ありがとう。
半夜熟睡、半夜執筆、今夜は夜の長いのも苦にならない。
[#ここから2字下げ]
(夕) (朝)
[#ここから1字下げ]
ぬた 味噌汁
前へ
次へ
全4ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング