)、とうとう室戸の本町まで歩いて、やっと最後の宿のおかみさんに無理に泊めて貰った、もうとっぷり暮れていたのである。
片隅で無燈[#「片隅で無燈」に傍点]、一杯機嫌で早寝した(風呂があってよかった)。
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(十一月六日)“室戸岬”へ
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波音しぐれて晴れた
あらうみとどろ稲は枯れてゐる
かくれたりあらはれたり岩と波と岩とのあそび
海鳴そぞろ別れて遠い人をおもふ
ゆふべは寒い猫の子鳴いて戻つた
あら海せまる蘭竹のみだれやう
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東寺
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うちぬけて秋ふかい山の波音
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土佐海岸
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松の木松の木としぐれてくる
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十一月七日 秋晴、行程四里、羽根泊(小松屋)。
早起、津寺[#「津寺」に傍点]拝登、行乞三時間、十時ごろからそろそろ西へ歩く――(銭十六銭米八合)。
途中、西寺[#「西寺」に傍点]遥拝(すみません)、不動岩[#「不動岩」に傍点]の裏で、太平洋を眺めながら、すこし早いが、お弁当を食べる、容樹《アコウ》[#底本は「容」の左に「ママ」と注記]の葉を数枚摘む。
松原がつづく、海も空も日本晴、秋――日本の秋[#「日本の秋」に傍点]、道そいの畑には豌豆がだいぶ伸びている、浜おもとがよく茂っている、南国らしい、今日は数人のおへんろさんと行き逢ったが、紅白粉をつけた尼さんは珍らしかった、何だか道化役者めいていた、このあたりには薄化粧した女はめったに見あたらないのに。
喜良川の松原で、行きずりの老遍路夫婦と暫らく話した、何となしに考えさせられる事実である、三里あまり歩いて来て、羽根[#「羽根」に傍点]、その街はずれの宿――屋号が書き出してない――家に泊った、木賃宿としては新らしい造作で、待遇も悪くない、部屋も井戸端も風呂も、そして便所も広々として明るくて、うれしかった、なかなかよい宿であった。
今日は三時前の早泊り、先夜昨夜に懲りたから。
清流まで出かけて、肌着や腰巻を洗濯する、顔も手も足も洗い清めた、いわば旅の禊[#「旅の禊」に傍点]である、こらえきれなくて一杯ひっかける、高いと思うたけれど、漬物を貰い新聞(幾日ぶりか!)を読ましてくれたから、やっぱり高くはなかった、明日は明日の風が吹こう[#「明日は明日の風が吹こう」に傍点]、今日は今日の風に任せる[#「今日は今日の風に任せる」に傍点]、……好日好事[#「好日好事」に傍点]だった、ありがたしありがたし。
夜はおそくまで執筆(一室一人一燈のよさだ)、昨夜をとりかえしたような気がした。
先日から地下足袋が破れて、そのために左の足を痛めて困っていたところ、運よくゴム長靴の一方が捨ててあるのを見つけた、それを裂いて足袋底に代用したので助かった、――求むるものは与えらる[#「求むるものは与えらる」に傍点]ということ、必要は発明の母[#「必要は発明の母」に傍点]という語句を思いだしたことである。
寒い地方の人がまろい[#「寒い地方の人がまろい」に傍点]、いいかえると、温かい地方の人間は人柄がよくない、お修行しても寒いところの方がよく貰えると或る修行遍路さんが話した、一面の道理があるようだ。
行乞していると、今更のように出征の標札[#「出征の標札」に傍点]――その種類はいろいろある、地方によって時節によって異るが――その標札が多いのに気がつく、三枚も並べてあるのにはおのずから頭がさがる。……
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安宿では――木賃宿では――遍路宿[#「遍路宿」に傍点]では――
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□一人一隅[#「一人一隅」に傍点]、そこに陣取って、それぞれの荷物を始末する。
□めいめいのおはち[#「めいめいのおはち」に傍点]を枕許に(人々の御飯)。
□一室数人一鉢数人一燈数人。
□安宿で困るのは、便所のきたなさ、食器のきたなさ、夜具のきたなさ、虱《ムシ》のきたなさ、等々であろう。
○安宿に泊る人はたいがい真裸[#「真裸」に傍点](大部分はそうである)である、虱がとりつくのを避けるためである、夏はともかく冬はその道の修行が積んでいないとなかなかである(もっとも九州の或る地方のようにそういう慣習があるところの人々は別として)。
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(夕食) (朝食)
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莢豆と芋との煮付 味噌汁二杯
南瓜の煮付 大根漬
大根浅漬
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御飯もお茶もたっぷり たっぷり
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犬二題
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□四国の犬で遍路に吠えたてるとは認識不足[#「認識不足」に傍点]だ、犬の敵性[#「犬の敵性」に傍点]。
□昨日は犬に咬みつかれて考えさせられ、今日は犬になつかれて困った、どちらも似たような茶色の小犬だったが。
□“しぐるるや犬と向き合つてゐる”
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四国をまわっていて、気のつくのは空家[#「空家」に傍点]が多いことである、ベタベタビラを張られた空家が見すぼらしく沿道に立ちならんでいる!
阿波の着倒れ[#「阿波の着倒れ」に傍点]、土佐の食い倒れ[#「土佐の食い倒れ」に傍点]、というそうな。
阿波では飲食店、土佐では酒を売る店[#「酒を売る店」に傍点]が多すぎる!
土佐は南国暖国、秋のおわりに、豆苗が伸び、胡瓜がたくさんぶらさがっている、よい国だ。
今度、四国を巡遊して、道路がよくなっていることを感じたが、橋梁が至るところに新らしく美しいのを観た。
米が二度出来るのは安芸郡――この地方である、伊尾木は殊に温暖で収穫も多いらしい。
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(十一月七日)
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草の実こんなにどこの草の実
ここで泊らう草の実払ふ
牛は花野につながれておのれの円をゑがく
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途上即事
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ついてくる犬よおまへも宿なしか
石ころそのまま墓にしてある松のよろしさ
旅で果てることもほんに秋空
ほろほろほろびゆくわたくしの秋
一握の米をいただきいただいてまいにちの旅
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“自適集”
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十一月八日 晴――曇、行乞六里、伊尾木橋畔、日の出屋で。
五時前に眼が覚めた、満天の星のひかりである、家人の起きるまで読んだり書いたりする。
ゆっくりして七時すぎてから立つ、ところどころ行乞、羽根附近の海岸風景もわるくない。
奈半利貯木場、巨材が積み重ねてある、見事なものだ、奈半利町行乞、町に活気がないだけそれだけ功徳も少なかった、土佐日記那波の泊の史蹟である。
奈半利川を渡ると田野町、浜口雄幸先生の邸宅があると標札が出ている、それから安田町、神の峯遥拝[#「神の峯遥拝」に傍点]、恥じないではいられない、大山岬[#「大山岬」に傍点]、狭いけれどよい風光である、澄太君[#「澄太君」に傍点]を考えたのは自然であろう。
四時頃、都合よく伊尾木で宿につけた、同宿は同行一人、おばさんはよい人柄である、風呂も沸かしてもらえた、今日こそはアルコールなし、宿に米一升渡して、不足十二銭払ったら、剰すところ銭九銭米二合だけなり。
今日の功徳は米六合と銭六銭だった、よく食べよく寝た、終夜水声。
同行さんから、餅やら蜜柑やらお菜やら頂戴した、感謝々々。
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(十一月八日)
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木の実おちてゐる拾ふべし
あとになりさきになりおへんろさんのたれかれ
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(野食)
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秋あたたかく蠅も蚊もあつまつて
短日暮れかかる笈のおもさよ
脚のいたさも海は空は日本晴
秋もをはりの蠅となりはひあるく
仲がよくないぢいさんばあさん夜が長く
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十一月九日 曇――雨、行程三里、和食松原、恵比須屋。
四時半起床、雲ってはいるが降ってはいない、助かった! という感じである、おばあさんが起きるまで日記をつける、散歩する、身心平静、近来にないおちつき、七時前出発、橋を二つ渡るとすぐ安芸町、午前中行乞、かなり長い街筋である、行乞しおえると雨になった、雨中を三里あまり歩いて和食町、教えられた宿――町はずれの、松林の中のゑびすやにおちつく、ほんによい宿であった、きれいでしんせつでしずかで、そしてまじめで、――名勝、和食の松原、名産、和食笠。
夕方、はだしで五丁も十丁も出かけて、一杯ひっかけて(何といううまさ!)、ずぶぬれになった、御苦労々々々。
晩食後、同宿の行商老人と共に宿の主人から轟神社の神事について聞かされた、どこでもたれでもお国自慢は旅の好話題というべしである。
今日は大降りだった、とある路傍のお宮で雨やどりしていると田舎のおかみさん二人もやってきた、その会話がおもしろい、言葉がよく解らないけれど、腰巻の話、おやじの話、息子の話。
今日の功徳はめずらしくも、銭二十八銭、米九合余。
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(夕食) (朝食)
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菜葉おひたし そうめん汁 米一升渡
そうめん いりこ 内五合は飯
梅ショウガ 梅干 不足金
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十三銭也
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(十一月九日)
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水音明けてくる長い橋をわたる
朝の橋をわたるより乞ひはじめる
朝のひかりただよへばうたふもの
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高知へ
[#ここから3字下げ]
日に日に近うなる松原つづく
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十一月十日 晴、朝寒、行程八里、高知山西。
――よう降った、夜明けまで降りつづいたが、朝はからりと晴れわたって、星がさえざえと光っていた、――助かったと思う、幸福々々(宿もよかった、ほとんど申分なかった)。
七時出立、松原がよろしい、お弁当のおもいのもうれしかった、赤岡町まで二里半、途中行乞(功徳は銭七銭米六合)。
午後はひたすら高知へ強行した、申訳ないけれど、第二十八番、第二十九番は遥拝で許していただく、風が出て来たが、ほどなく凪いで、のどかな小春日和になった、御免からは路面舗装、身も心も軽い、思いかけなく、電車から降りた母子の方から拾銭玉を頂戴した(この十銭が私を野宿から助けてくれた!)。
いそいだけれど暮れて高知着、まず郵便局で郵便物を受取った、いろいろ受取ったけれど、期待したものはなかった、がっかりした、お札所横の山西屋に泊る、名を売っているだけ客扱もよく客人も多い、おいしい御飯をたべ風呂に入って、ぐったり寝た、アルコールなし。
米八合渡して(内五合は飯米)不足金二十銭払った。
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┌米八合渡 内五合は飯米┐
└金十三銭払 ┘
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(夕食) (朝食)
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焼魚 味噌汁二杯
菜葉ひたし 削節
沢庵漬 たくあん二片
さしみ 味噌汁二椀
蓮の煮付 菜葉の煮たの
漬物 漬物
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金がある時は金のない時を考えないけれど、金のない時は金のある時を考える、……私たちのようなものの痛いところだ。
かけだし夫婦[#「かけだし夫婦」に傍点]はすぐ解る! と宿の人々がいう、なるほど、そうだで。
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落日いろいろ[#「落日いろいろ」に傍点]
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大洋、都市、田園、山中。
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(十一月十日)
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墓地はしづかなおべんたうをひらく
梅干あざやかな飯粒ひかる
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行乞即事
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あなもたいなやお手手のお米こぼれます
まぶしくもわが入る山に日も入つた
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高知城
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お城晴れわたる蔦紅葉
銅像おごそか落つる葉もなく
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土佐路所
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