大根おろし  豆の煮たの
菜葉汁    煮〆
漬物     漬物
[#ここから3字下げ]
(めずらしく精進料理)
[#ここから12字下げ]
(川口在)
[#ここから10字下げ]
黒味噌
[#ここから11字下げ]
(赤にあらず)
[#ここから1字下げ]
田舎には山羊を飼養している家が多い。
山羊は一匹つながれて、おとなしく、さびしく草を食べたり鳴いたり、――何だか私も山羊のような[#「何だか私も山羊のような」に傍点]!

[#ここから5字下げ]
(十一月二十日)(十一月十九日も)
[#ここから3字下げ]
つつましくも山畑|三椏《ミツマタ》咲きそろひ
岩が大きな岩がいちめんの蔦紅葉
なんとまつかにもみづりて何の木
銀杏ちるちる山羊はかなしげに
水はみな瀧となり秋ふかし
ほんに小春のあたたかいてふてふ
雑木紅葉を掃きよせて焚く
[#ここから5字下げ]
野宿
[#ここから3字下げ]
つめたう覚めてまぶしくも山は雑木紅葉
[#ここで字下げ終わり]

 十一月二十一日

早起、すぐ上の四十四番に拝登する、老杉しんしんとして霧がふかい、よいお寺である。
同宿の同行から餅を御馳走になったので、お賽銭を少々あげたら、また餅を頂戴した、田舎餅はうまい、近来にないおせったいであった、宿のおばさんからも月々の慣例として一銭いただいた。八時から九時まで久万町行乞、銭十三銭米二合、霧の中を二里ちかく歩いてゆくと三坂峠、手足の不自由な同行と道連れになり、ゆっくり歩く(鶏を拾った話[#「鶏を拾った話」に傍点]はおかしかった)、遍路みちはあまり人通りがないと見えて落葉がふかい、桜の老木が枯れて立っている、椋の大樹がそそり立っている、峠が下りになったところでならんでお弁当を食べてから別れる、御機嫌よう。
山が山に樹が樹に紅葉をひろげてうつくしさったらない、いそいで四十六番参拝、長い橋を渡って、森松駅から汽車で松山へ、立花駅から藤岡さんの宅へとびこんだのは六時頃だったろう、ほっと安心する。
人のなさけにほごれて旅のつかれが一時に出た、ほろ酔きげんで道後温泉にひたる、理髪したので一層のうのうする、緑平老のおせったいで、坊ちゃんというおでんやで高等学校の学生さんを相手に酔いつぶれた! それでも帰ることは帰って来た!
奥さん、たいへんお手数をかけました、……のんべいのあさましさを味う、……友情のありがたさを味う。
[#ここから5字下げ]
大宝寺
[#ここから3字下げ]
朝まゐりはわたくし一人の銀杏ちりしく
お山は霧のしんしん大杉そそり立つ
[#ここから5字下げ]
へんろ宿
[#ここから3字下げ]
お客もあつたりなかつたりコスモス枯れ/″\
霧の中から霧の中へ人かげ
雑木紅葉のかゞやくところでおべんたう
秋風あるいてもあるいても

[#ここから2字下げ]
蓮月尼 宿かさぬ人のつらさをなさけにて朧月夜の花の下臥
[#ここで字下げ終わり]

 十一月二十二日――二十六日 藤岡さんの宅にて。

ぼうぼうとして飲んだり食べたり寝たり起きたり。
[#ここから3字下げ]
晴れたり曇つたり酔うたり覚めたり秋はゆく
[#ここで字下げ終わり]

 十一月二十七日 曇――晴、道後湯町、ちくぜんや。

朝酒をよばれて、しばらくのおわかれをする、へんろ[#「へんろ」に傍点]となって道後へ、方々の宿で断られ、やっとこの宿におちつかせてもらう。
洗濯、裁縫、執筆、読書、いそがしいいそがしい。

 十一月二十八日――十二月二日

酔生夢死とはこんなにしていることだろうと思った、何も記す事がない、強いて記せば――
三十日、高商に高橋さんを訪ねて久々で逢えた事、その夜来て下さって宿銭を保証して小遣を下さった事。
しみじみ自分の無能を考えさせられた日夜[#「自分の無能を考えさせられた日夜」に傍点]がつづいたことである!

 十二月三日 晴。

気分ややかろし、第五十七回の誕生日、自祝も自弔もあったものじゃない! 同室の青年に話していると、高橋さん来訪、同道して藤岡さん往訪。
招かれて、夕方から高橋さんを訪う、令弟(茂夫さん)戦死し遺骨に回向する、生々死々去々来々、それでよろしいと思う。
十時ごろ帰宿、酒がこころよくまわらないので、そしていろいろさまざまのことが考えられるので、いつまでもねつかれなかった。
[#ここから5字下げ]
或る日
[#ここから3字下げ]
なんとあたたかなしらみをとる
[#ここから5字下げ]
十二月三日夜、一洵居、戦死せる高市茂夫氏の遺骨にぬかづいて
[#ここから3字下げ]
供へまつる柿よ林檎よさんらんたり
なむあみだぶつなむあみだぶつみあかしまたたく
蝋涙いつとなく長い秋も更けて
わかれていそぐ足音さむざむ
ひなたしみじみ石ころのやうに
さかのぼる秋ふかい水が渡れない
[#ここから5字下げ]
或る老人
[#ここから3字下げ]
ひなたぢつとして生きぬいてきたといつたやうな
[#ここで字下げ終わり]

 十二月四日 曇。

早起入浴、読んだり書いたりする。
西へ東へ、或は南へ北へ、さようなら、ごきげんよう。
昼飯をたべてから歩いて――電車賃もないので――市庁のホールへ、そこで茂夫さんの市葬が営まれた、護国居士[#「護国居士」に傍点]、私はひたむきにぬかずく、歩いて五時帰宿、涙ぐましい一日だった。
[#ここから5字下げ]
土と兵隊
[#ここから3字下げ]
穂すすきひかるわれらはたたかふ
[#ここで字下げ終わり]

 十二月五日 好晴。

何となく身心不調、……何かなしにさびしい。
終日終夜黙々不動[#「終日終夜黙々不動」に傍点]。
きのうもきょうもアルコールなし。
省みて恥じ入る外なし[#「省みて恥じ入る外なし」に傍点]。

 十二月六日 晴。

つめたい、霜がうっすら降っている(松山市内では初氷が張ったそうな)、冬も本格的になってきた。
頭痛、何もかも重苦しいように感じる。
朝食をすましてすぐ出かける、高橋さんの奥さんから少し借りる、局に藤岡さんを訪ねる、出張不在、一杯ひっかけて帰宿、入浴、臥床、妄想はてなし!
夜、高橋さん来訪、その人にうたれる[#「その人にうたれる」に傍点]、私は――私は、――ああああ――と長大息するのみ。
今夜も不眠、いたずらに後悔しつづける。

 十二月七日 小春日和。

朝の一浴、そして一杯、ほんに小春だ!
身辺整理、洗え洗え、捨てろ捨てろ。
午後は近郊散策、道後グラウンドは荒廃している、常信寺はなかなかよい。
夕方、高橋さんを訪ね、同道して義安寺へ参拝、高商の坐禅会に参加する。
帰宿してまた一杯、また、……同宿同室は老人ばかり、しずかでさびしかった。

 十二月八日 曇――晴。

無能無力、無銭無悩。……
  ……………………………
   ………………………………

 十二月九日 晴。

――山頭火はなまけもの也、わがままもの也、きまぐれもの也、虫に似たり、草の如し。
午後近在散歩。

 十二月十日

おなじような日がまた一日過ぎていった。

 十二月十一日 晴。

高橋さんを訪う、同道して貸部屋探し、見つからない、途中、二神さんを訪う、初めて房子さんに会う。
高橋さんから小遣を頂戴したので一二杯ひっかける。

 十二月十二日 十三日

十二日の未明、臨検があっただけ。
………………………

 十二月十四日 晴。

藤岡さんを局に訪ねて郵便物をうけとる、いずれもうれしいたよりであるが、とりわけ健からのはうれしかった、さっそく飲む、食べる、――久しぶりに酔っぱらった。
夕方帰宿すると、留守に高橋さんが来訪されたそうである、新居の吉報を齎らして、――すみませんでした。
ぐっすり寝る、夢も悔もなし、こんとんとしてぼうぼうばくばくなり

 十二月十五日 晴。

昨日の飲みすぎ食べすぎがたたっている、朝酒数杯でごまかす。
午前、高橋さん来訪、厚情に甘えて、新居へ移った、御幸山麓、御幸寺の隠宅のような家屋、私には過ぎている、勿体ないような気がする。
高橋さんがいろいろさまざまの物を持って来て下さる、すなおに受ける、ほんとうに感謝の言葉もない、蒲団、机、火鉢、鍋、七輪、バケツ、茶椀、箸、そして米、醤油、塩。
昼食は街のおでんやで、夕食は高橋さんの宅で。――
夜は高橋さんに連れられて安井さんを訪ねた、あるだけの酒をよばれる、揮毫したり、俳談したり、絵を観せてもらったりしているうちに、いつしか十時近くなったのでいそいで帰る、練兵場を横ぎりそこなって、うろうろしたけれど、さわりなく帰れた、そしてすぐ寝た。
  ………………………………………
(ここで私は宿の妻君に改めて感謝しなければならない、まことによい宿であった、よい妻君であった、私はとうとう二十日近くも滞在してしまった(事[#「事」に「ママ」の注記]情がそうさせたのであるが、宿がよくなかったならば、私はどこかへとびだしたであろう)。
四国巡拝中の遍路宿で、もっとも居心地のよい宿と思う(もっとも木賃料は四十銭で、他地方よりも十銭高いけれど、道後の宿一般がそうなのである、それでも一日三食たべて六十五銭乃至七十銭)。
夜の敷布上掛はいつも白々と洗濯してある、居間も便所も掃除が行き届いている、食事もよい、魚類、野菜、味噌汁、漬物、どれも料理が上手でたっぷりある、亭主は好人物にすぎないらしいが、妻君は口も八丁、手も八丁、なかなかの遣手だった。

 十二月十五日 晴(重複するけれど改めて記述する)

とうとうその日[#「その日」に傍点]――今日が来た、私はまさに転一歩[#「転一歩」に傍点]するのである、そして新一歩しなければならないのである。
一洵君に連れられて新居へ移って来た、御幸山麓御幸寺境内の隠宅である、高台で閑静で、家屋も土地も清らかである、山の景観も市街や山野の遠望も佳い。
京間の六畳一室四畳半一室、厨房も便所もほどよくしてある、水は前の方十間ばかりのところに汲揚ポンプがある、水質は悪くない、焚物は裏山から勝手に採るがよろしい、東々北向だから、まともに太陽が昇る(この頃は右に偏っているが)、月見には申分なかろう。
東隣は新築の護国神社、西隣は古刹龍泰寺、松山銀座へ七丁位、道後温泉へは数町。
知人としては真摯と温和とで心からいたわって下さる一洵君、物事を苦にしないで何かと庇護して下さる藤君、等々、そして君らの夫人。
すべての点に於て、私の分には過ぎたる栖家である、私は感泣して、すなおにつつましく私の寝床をここにこしらえた[#「すなおにつつましく私の寝床をここにこしらえた」に傍点]。
夕飯は一洵君の宅で頂戴し、それから同道して隣接の月村画伯を訪ね、おそくまで話し興じた。
新居第一夜のねむりはやすらかだった。
[#ここから1字下げ]
新“風来居”の記
[#ここから4字下げ]
“無事心頭情自寂
 無心事上境都如”(自警偈)
[#ここで字下げ終わり]

 十二月十六日 (晴)

高橋さんの内[#「内」に「ママ」の注記]へ行たり高橋さんが来たりで。……



底本:「人生遍路」日本図書センター
   2002(平成14)年11月25日第1刷発行
底本の親本:「定本 山頭火全集」春陽堂書店
   1972(昭和47)年4月〜1973(昭和48)年8月
入力:さくらんぼ
校正:小林繁雄
2005年6月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング