悪い宿ではなかつた。
同宿の若い坑夫さんと山の観音様へ詣でた、一年一度のおせつたいがあるといふので、近村のおぢいさんおばあさんが孫を連れておほぜい詰めかけてゐた、山村風景のおもしろい一枚である。
夕飯は、さしみと豆腐汁と煮豆と茄子漬、なかなかの御馳走だつた、ことに前は造酒屋だから、飲みすごしたのも無理はなからう!
[#ここから2字下げ]
・うらは山で墓が見えるかな/\
・かな/\ゆふ飯がおそい山の宿
・よい宿でどちらも山でまへは酒屋で
・宵月がみんなの顔にはだかばかりで
[#ここから1字下げ]
行程二里、所得は銭六十二銭、米一升九合。
[#ここで字下げ終わり]
八月三十一日[#「八月三十一日」に二重傍線]
早起して散歩した、同室者の人間臭にたへなかつたからである、人間の姿よりも山の姿がよろしい。
踏みだした一歩がもう山路である、石ころを踏みしめてすゝむ、桃の木といふ部落には特殊な色彩と音響とがあつた、こゝが大嶺無煙炭山である、ここで採掘した炭塊を索道で麦川へ送るのである。
西市へはかなり遠かつた、萩、女郎花、刈萱、白い花、赤い花が咲きみだれた道で、私の好きな道であつた。
途中行乞
前へ
次へ
全18ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング