田へ行つて一風呂浴びてこうといふ、お互に脱線しないことを約束して、バスで一路湯田まで、千人風呂で汗を流す、それから君の北海道時代に於ける旧友Yさんを訪ふ、三千数百羽の鶏が飼はれてをり、立体孵卵器には一万五千の種卵が入れてあるほど、此地方としては大規模であり、大成功である、樹明君が心易立に無遠慮に一杯飲ましなさいといふ訳で、奥さんが酒と料理とを持つて来て、すみませんけれど、主人は客来で手がひけないので、どうぞ勝手に召しあがつて下さいといはれる、酒はあまりうまくなかつたが、料理はすてきにうまかつた、私などはめつたに味へない鶏肉づくしだつた、さすがに養鶏場だ、聞くも鶏、見るも鶏、食べるもまた鶏だつた。
何故だか何となく腹工合が悪くて、いくら飲まうと思つても、また、樹明君の気分に合しようと努めても、飲めない、酔へない、やうやく君をすかして、だまつて帰途につく、バスを一時間も待つた、その間、樹明君はそこらの床几に寝ころび、私は切符売の老人と湯田の今昔を話したり、M旅館の楼上で遊興する男女を垣間見たりする。
いつしよに帰庵してから、樹明君は家へ、私は床に就いたのは十二時頃、銭といふものゝありがたさ
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