]、その心を捨てきらなければならない。
私もどうやらかうやら本格的[#「本格的」に傍点]に私の生活に入り私の句作をすることができるやうになつた、おそらくはこれが私の最後のもの[#「最後のもの」に傍点]だらう。
新聞をやめたので(旅に出がちでもあり、借銭がふえもするので)、何だか社会と離れたやうな気がする、物足らないと同時に気安にも感じる。
今日は歩いてきて、そして昼寝もしないのに、どういふものか、一番鶏が鳴いて暁の風が吹くまで眠れなかつた、いろ/\さま/″\の事が考へられる、生活の事、最後の事、子の事、句の事、そしてかうしてゐても詰らないから一日も出[#「出」に「マヽ」の注記]く広島地方へ出かけたい、徳山に泊るならば、明日立ちたいけれど汽車賃がない、貧乏はつらいものだ、などゝも考へた、しかしながらその貧乏が私を救ふたのである[#「その貧乏が私を救ふたのである」に傍点]、若し私が貧乏にならなかつたならば、私は今日まで生きてゐなかつたらうし、したがつて、仏法も知らなかつたらうし、句作も真剣にならなかつたであらう。……
これもやつぱり老の繰言か!
[#ここから2字下げ]
・俵あけつゝもようで
前へ 次へ
全18ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング