寝床に戻つて、安心して寝たのである!
庵はよいかな、さみしいけれどしづかだ、まづしくてもやすらかである。
夕方樹明来、お土産の雲丹――それが最小の一罎であることを許してくれたまへ――をおかずにして御飯をあげる、それから出かける、君が意気投合したといふ、そして私をよく知つてゐるといふ、新任校長Kさんを訪ねる、生憎差支があつて話にも、むろん酒にもならない、そこでSカフヱーへ、酔うて窟へ。――
よくなかつた、小脱線だつたけれど、久振のワヤだつたけれど、やつぱりよくなかつた。
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・ひさ/″\もどれば筍によき/\
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六月十二日[#「六月十二日」に二重傍線]
朝寝した、樹明君が昨夜の動静を聞きに来た。
夾竹桃がもう咲いてゐる、南国の夏の花だ。
夜は庵で、私の酒をちよんびり飲んだ(樹明君といつしよに)、おだやかな酒だつた、さみしい酒だつた。
雷鳴、驟雨、梅雨らしい天候だつた。
六月十三日[#「六月十三日」に二重傍線]
晴、今年は誰もがいふやうにカラツユかも知れない。
畑の手入。
苦もなく句もない、ノンキな一日だつた。
筍、螢、蛙。……
樹明君は腰が痛くて来られないさうで、原稿紙をくれといふ使が来た、胡瓜苗も送つてくれた。
六月十四日[#「六月十四日」に二重傍線]
晴れたり曇つたり、私はゆつくり昼寝した。
六月十五日[#「六月十五日」に二重傍線]
晴、草取デー。
樹明来、酒と肴とをおごつてくれた。
ほとんど徹夜して身辺を整理した、気分がさつぱりした。
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・たれかこいこい螢がとびます
さら/\青葉の明けてゆく風
・風は夜明けのランプまたたく
・こゝろすなほに御飯がふいた
埃まみれで芽ぶく色ともなつてゐる(改作)
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六月十六日[#「六月十六日」に二重傍線]
昨夜の酒がこたえて胃が悪い。
行乞をやめて野菜の手入をする、樹明君が持つてきてくれた菊を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]したり、胡瓜の棚を拵らへたり。
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・から梅雨の蟻の行列どこまでつづく
・朝風、胡瓜がしつかりつかんでゐる
番茶濃きにもおばあさんのおもかげ
・柿の花のぽとりとひとりで
・てふてふうらからおもてへひらひら
街が灯つた青葉を通して
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