日」に二重傍線]

朝のうち行橋行乞、行乞相は当然よくなかつた。
小倉までよい道連れ――中年の商人――を得て助かつた、行程五里。
惣参居はおだやかな家庭である、お嬢さんが三味線の稽古をしてゐた、此一事にも惣参居士の心ばえがしのばれる。
二人で湯屋へ行く、湯の空色が気に入つた。
いつものやうに酒を十分いたゞく、お布施もいたゞく、御馳走はなかつたが、温情があまつた。
泊れといはれたが、お断りして安宿に泊つた、三角屋といつて、相客が多くてうるさかつたが、悪い宿ではなかつた。
今夜は飲みすぎた、酔ひすぎた。
小倉はさすがに昔からの城下町だけあつて、とゝなうておちついてゐる。
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・かげは楠の若葉で寝ころぶ
・橋の下のすゞしさやいつかねむつてゐた
 わかれきて峠となればふりかへり
・風のてふてふのゆくへを見おくる
   仲哀洞道
 登りつめてトンネルの風
 落穂ひろうては鮮人のをとこをなご
・こゝろむなしく旅の煤ふる
[#ここで字下げ終わり]

 六月十日[#「六月十日」に二重傍線]

今日も暑い、とても行乞なんか出来ない、電車で門司へ、なつかしい海峡をしたしい下関へ渡る、いつもの岩国屋へ泊る、可もなく不可もないといふところ、遠慮のないのが何よりである。
よう寝られた。

 六月十一日[#「六月十一日」に二重傍線]

すつかり夏景色夏心地だ、一刻も早く帰庵したい、そしてわがまゝ[#「わがまゝ」に傍点]きまゝなひとりになりたい。
長府まで電車、長府から小郡まで汽車、やれやれといふ気分だつた。……
八幡で四有三君、小城さん、下関で地橙孫君に逢へなかつたのは残念だつた。
――別事なし――出て歩いても、戻つて来てもこんな気がする。
――やつぱりひとりがよろしい――こんな句が出来る自分を再発見する。
――生死去来は生死去来に任す――どうやらこゝまで達したやうである。
[#改ページ]

 六月十一日[#「六月十一日」に二重傍線] 入梅。

三時帰庵した、歩けば二日の行程を汽車は二時間で運んでくれた(こゝで改めて、近代文化のありがたさ、金銭のありがたさを痛感した)。
私はぐつたりと疲れてゐた、帰るなり寝た。
△雑草、雑草、雑草に埋れた気分に浸つて。
飲みすぎたからでもあらう、年のせいでもあらう、暑いためでもあらう、――とにかく私は労れてゐた、そして何はなくとも、私は私の
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