晩は近来の御馳走だつた。
このあたりも、ぼつ/\田植[#「田植」に傍点]がはじまつた、二三人で唄もうたはないで植ゑてゐる、田植は農家の年中行事のうちで、最も日本的であり、田園趣味を発揮するものであるが、此頃の田植は何といふさびしいことだらう、私は少年の頃、田植の御馳走――煮〆や小豆飯や――を思ひだして、少々センチにならざるを得なかつた、早乙女のよさも永久に見られないのだらうか。
お隣の蓄音器がまたうたひだした、浪花節、肉弾三勇士のなかの、赤い夕日に照らされて、の唄にはほろりとした、あのうたはたしかに我々の心にひゞく、大和民族の血潮を沸き立たせるものを持つてゐる、私にはヂヤズよりも快感を与へる。
土地借入には当村在住の保證人二名をこしらへなければならないので、嫌々ながら、自己吹聴をやり自己保證をやつてゐるのだが、さてどれだけの効果があるかはあぶないものだ、本人が本人の事をいふほどアテになるものはなく同時にアテにならないものもない。
一も金、二も金、三もまた金だ、金の力は知りすぎるほど知つてゐるが、かうして世間的交渉をつづけてゐると、金の力をあまり知りすぎる!
私の生活は――と今日も私は考
前へ 次へ
全131ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング