もいよ/\新らしい最初の一歩(それは思想的には古臭い最後の一歩)を踏みだしますよ、酒から茶へ[#「酒から茶へ」に傍点]――草庵一風の茶味といつたやうな物へ――山を水を月を生きてゐるかぎりは観じ味はつて――とにもかくにも過去一切を清算します。……
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また買物、即ち、バケツ、ゴマイリ、ゴトク、ヒバシ、等、等、一人でも世帯は世帯、一世帯としてのあれやこれやが苦労する、それも誰ゆえ、みんな私自身ゆえ!
酒飲みに酒が飲めなくなり、放浪者が放浪をやめると、それはもう生命がなくなるのではあるまいか。
警戒せよ、石古祖《イシゴソ》(私に残された墓地)が近いぞ。
酒飲みは酒飲めよ、酒は甘露だ、涙でもなければ溜息でもない、さうだ、酒は酒だ、飲めば酔ふのだ。
樹明兄に連れられて、山麓の廃屋[#「山麓の廃屋」に傍点]を見るべく出かけた、夏草ぼう/\と伸びるだけ伸んでゐるところに、その家はあつた、気にいつた、何となく庵らしい草葺の破宅である、村では最も奥にある、これならば『其中庵』の標札をかけても不調和なところはない、殊に電燈装置があつたのは、あんまり都合がよすぎるよ。
帰途、冷たいビール弐本、巻鮨一皿、これだけで二人共満腹、それから水哉居を訪ねる(君は層雲派の初心晩学者として最も真面目で熱心だ)。
樹明兄の人柄が渾然として光を放つた、その光に私はおぼれて[#「おぼれて」に傍点]ゐるのではあるまいか。
其中庵、其中庵、其中庵はどこにある。
廃屋から蝙蝠がとびだした、私も彼のやうに、とびこみませう。
水哉居でよばれた酢章魚はほんとうにおいしかつた、このつぎは鰒だ。
ふけてから、ばら/\と雨の音。
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・稲妻する過去を清算しやうとする
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今夜は寝つかれさうだ、何といつても安眠第一である、そして強固な胃袋、いひかへれば、キヤンプをやるやうなもので、きたないほど本当だ。
八月三十一日
曇后晴。
四時半起床、朝食七時、勤行八時、読書九時、散歩十一時、それから、それから。――
裸体で後仕舞をしてゐたら、虫が胸にとまつた、何心なく手で押へたので、ちくりと螫された、蜂だつたのだ、さつそく、こゝの主人にアンモニヤを塗つて貰つたけれど、少々痛い。
駅まで出かけて、汽車の時間表をうつしてくる、途上で野菜を買ふ、葱一束二銭也(この葱はよくなか
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