はなか/\むつかしい)。
今夜はこの宿は夫婦喧嘩をして、やたらに子供を泣かしてゐる、坊や泣くな、お客がなくなるよ!
隣室の萩老人とおそくまで話す、話してゐるうちに、まざ/\といやしい自分を発見した。
鰒の中毒には、日本蝋[#「日本蝋」に傍点]、または、海賊のクロミ[#「海賊のクロミ」に傍点]が適薬ださうな、人助けのためにも覚えてをきたいと思つた。
源三郎君から来信、星を売り月を売る商売をはじめます(天体望遠鏡を覗かせて見料を取るのださうである)、これには私も覚えず微苦笑を禁じえなかつた。
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捨てたものにしづかな雨ふる
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 六月七日 木下旅館(三〇・上)

転宿、チヨンビリ帰家穏座のこゝち。
壺を貸して下さつたので、すい葉とみつ草とを摘んで来て活ける、ほんによいよい。
午前は午[#「は午」に「マヽ」の注記]後は晴。
小串へ行つて、買物をする、財布を調べて、考へ考へ、あれこれと買つた、茶碗、大根おろし、急須、そして大根三本、茶一袋、――合計金四十三銭也、帰途、お腹が空いたので、三ツ角の茶店で柏餅を食べる、五つで五銭。
草花を摘みつゝ、柏餅を食べつゝ、酒を飲みつゝ、考へる。――
うつくしいものはうつくしい、うまいものはうまい、それが何であつても、野の草花であつても一銭饅頭であつてもいゝのである、物そのものを味ふのだから[#「物そのものを味ふのだから」に傍点]。
飲める時には、飲める間は飲んだがよいぢやあないか、飲めない時には、飲めなくなつた場合には、ほがらかに飲まずにゐるだけの修行が出来てゐるならば。
私も酒から茶へ[#「酒から茶へ」に傍点]向ひつゝあるらしい、草庵一風の茶味、それはあまりに東洋的、いや、日本的だけれど山頭的[#「頭的」に「マヽ」の注記]でないこともある。
茶道に於ける、一期一会[#「一期一会」に傍点]の説には胸をうたれた、そこまで到達するのは実に容易ぢやない。
日にまし命が惜しくなるやうに感じる、凡夫の至情[#「凡夫の至情」に傍点]だらう、かういふ土地でかういふ生活が続けられるやうだから!
此宿はよい、ホントウのシンセツ[#「ホントウのシンセツ」に傍点]がある、私は自炊をはじめた、それも不即不離の生活の一断面だ。
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 朝の水くみあげくみあげあたゝかい
・いちご、いちご、つんではたべるパ
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