音を見出した
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隣室の客の会話を聞くともなしに聞く、まじりけなしの長州辯だ、なつかしい長州辯、私もいつとなく長州人に立ちかへつてゐた。
カルモチンよりアルコール、それが、アルコールよりカルモチンとなりつゝある、喜ぶべきか、悲しむべきか、それはたゞ事実だ、現前どうすることもできない私の転換だ。

 六月五日 同前。

朝は霧雨、昼は晴、夕は曇つて、そしてとう/\また雨となつた。
朝の草花――薊やらみつくさ[#「みつくさ」に傍点]やら――を採つてきて壺に投げ※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]した。
今日は日曜日であり、端午のお節句である、鯉幟の立つてゐる家では初誕生を祝ふ支度に忙しかつた(私のやうなものでも、かうして祝はれたのだ!)。
方々からたより[#「たより」に傍点]があつた、その中で、妹からのそれは妙に腹立たしく、I君からのそれはほんたうにうれしかつた(それは決して私が私情に囚はれたゝめではないことを断言する)。
隣室のヒステリー夫人ます/\ヒステリツクとなる、宿の人々も困り、私たちも困る。
萩の客人から、夏密[#「密」に「マヽ」の注記]柑についていろ/\の事を聞いた、柿と鴉と弓との話は面白かつた。
山下老人を訪ね、借りたい妙青寺の畠を検分する、夜、ふたゝび同道して寺惣代の武永老人を訪ねて、借入方を頼んだ。
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・おしめ影する白い花赤い花
 おとなりが鳴ればこちらも鳴る真昼十二時
・お寺のたけのこ竹になつた
    □
・こゝに落ちつき山ほとゝぎす(再作)
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今夜もまた睡られないで困つた、困つた揚句は真夜中の湯にでもはいる外なかつた。

 六月六日 同前。

雨風だ、こゝはよいところだが、風のつよいのはよくないところだ。
まるで梅雨季のやうな天候、梅雨もテンポを早めてやつてきたのかも知れない。
さみしさ、あつい湯にはいる、――これは嬉野温泉での即吟だが、こゝでも同様、さみしくなると、いらいらしてくると、しづんでくると、とにかく、湯にはいる、湯のあたゝかさが、すべてをとかしてくれる。……
安宿にもいろ/\ある、だん/\よくなるのもあれば、だん/\わるくなるのもある(後者はこの中村屋、前者はあの桜屋)、そして、はじめからしまゐまで、いつもかはらないのもある(この例
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