山の最後に一滴の涙をそゝぐ。
朝御飯が最もおいしいほどの健康と幸福とを私は恵まれてゐる、合掌。
樹明居、夏はすゞしく冬はあたゝかい、主人は道としての俳句に精進しつゝある、私は是非とも樹明居の記[#「樹明居の記」に傍点]を書かなければならない(緑平居の記、白船居の記、そして其中庵記[#「其中庵記」に傍点]と共に)。
女の服装(殊に夏季の)が一変しつゝあるのに驚く、老女のアツパツパは感心しませんね。
駅の待合室の電燈の笠で生れて育つた燕はおもしろい。
着いて、逢うて、すぐ風呂があつたとは!
坊ちやん、あなたは暴君ですね、毎日蝉を虐殺する、虐殺されながら蝉は鳴く。
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空を見てゐる若い女の腹が大きい
・石にとんぼはまひるのゆめみる
・昼寝ふかい村から村へのうせんかづら
・ひるねざめ風があるきり/″\す
峠下れば青田ふきとほし
・日ざかり、学校の風車まはつたりまはらなかつたり
山はみどりの、広告文字が夕日にういて
逢へてよかつた岩からの風に
・水瓜したゝるしたしさよ(樹明居)
別れる星がすべる
・ふけて雨すこしおちた
星あかりをあふれくる水をすくふ
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八月二日
朝から酒(壁のつくろひは泥だといふがまつたくその通りだ)、宿酔が発散した。
十一時の汽車で大道へ、追憶の糸がほぐれてあれこれ、あれこれといそがしい。
七年目ぶりにS家の門をくゞる、東京からのお客さんも賑やかだつた、久しぶりに家庭的雰囲気につゝまれる。
伯母、妹、甥、嫁さん、老主人、姪の子ら。……
夕食では少し飲みすぎた、おしやべりにならないやうにと妹が心配してゐる、どうせ私は下らない人間だから、下らなさを発揮するのがよいと思ふけれど。
酒は甘露、昨日の酒、今日の酒は甘露の甘露だつた、合掌献盃。
よい雨だが、足らない、降れ、降れ、しつかり降つてくれ。
寿さんの努力で後山がよく開拓されてある、土に親しむ生活、土を活かす職業、それが本当だ。
樹明兄が借して下さつた「井月全集[#「井月全集」に傍点]」を読む、よい本だつた、今までに読んでゐなければならない本だつた、井月の墓は好きだ、書はほんとうにうまい。
石地蔵尊、その背景をなしてゐた老梅はもう枯れてしまつて花木が植ゑてある、こゝも諸行無常を見る、一句手向けよう。
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あかつきのどこかで何か搗
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