から、もつと強くなれと叱られた、たしかに私は弱気だ、綺語を弄すれば、善良な悪人[#「善良な悪人」に傍点]だ。
八幡宮の御神幸をこゝから遙拝する、追憶は三四十年前の少年時代にかへる、小遣銭を握りしめて天神様へ駈けてゆく自分がよみがへつてくる。……
蓮芋一茎[#「蓮芋一茎」に傍点]をもらつて、そのまゝ食べた。
憂欝な日は飯の出来まで半熟で、ます/\憂欝になる、半熟の飯をかみしめてゐると涙がぽろ/\こぼれさうだ。
朝魔羅[#「朝魔羅」に傍点]が立つてゐた、――まさにこれ近来の特種!
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   月蝕四句
 旅の或る日の朝月が虧げる
・虧げつゝ月は落ちてゆく
 虧げはじめた月に向つてゐる
・朝月となり虧げる月となり
    □
・おまつりのきものきてゆふべのこらは
・こどもほしや月へうたうてゐる女
 待てば鐘なる月夜となつて
    □
・お祭の提灯だけはともし
 月夜のあんたの影が見えなくなるまで(樹明兄に)
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夜、樹明兄来庵、章魚を持つて、――私がお祭客として行かないものだから待ちくたびれて――今夜こそ酒なかるべからずである、あまり飲みたくはないけれど、そしてあまり酒はよくないけれど少し買うてくる(といつてもゲルトは私のぢやない)、しんみり飲んで話しつゞけた、十二時近くまで。
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・月夜おまつりのタコもつてきてくれた
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その鮹はうまかつた、まつたくうまかつた。
ねむれない、三時まへに起きて米を炊いだり座敷を掃いたりする、もちろん、澄みわたる月を観ることは忘れない。
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・月のひかりの水を捨てる(自分をうたふ)
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月並、常套、陳腐、平凡、こんな句はいくら出来たところで仕方がない、月の句はむつかしい、とりわけ、名月の句はむつかしい、蛇足として書き添へたに過ぎない。

 九月十六日

今朝も三時には床を離れてゐた。
月を眺め、土を眺め、そして人間――自分を眺める、人間の一生はむつかしいものだ、とつく/″\思ふ。
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・月から夜《ヨル》の鳥ないて白みくる
 明けてまんまるい月
    □
・秋の空から落ちてきた音は何
・まづしいくらしのふろしきづゝみ
    □
 斬られても斬られても曼珠沙華
・ほつとさいたかひよろ/\コスモス

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