降つてゐる、そしてとう/\大雨になつた、遠雷近雷、ピカリ、ガランと身体にひゞくほどだつた、多分、どこか近いところへ落ちたのだらう。
午後は霽れてきた、十丁ばかり出かけて入浴。
畑を作る楽しみは句を作るよろこびに似てゐる、それは、産む、育てる、よりよい方への精進である。
出家――漂泊――庵居――孤高自から持して、寂然として独死する――これも東洋的、そしてそれは日本人の落ちつく型(生活様式)の一つだ。
魚釣にいつたが一尾も釣れなかつた、彼岸花を初めて見た。
夕方、樹明兄から珍味到来、やがて兄自からも来訪、一升買つてきて飲む、雛鶏はうまかつた、うますぎた、大根、玉葱、茄子も、そして豆腐も。
生れて初めて、生《ナマ》の鶏肉(肌身)を食べた、初めて河豚を食べたときのやうな味だつた。
Comfortable life 結局帰するところはこゝにあるらしい。
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・起きるより土をいぢつてゐるはだか
 ひとり住めば雑草など活けて
・こほろぎがわたしのたべるものをたべた
・くりやまで月かげのひとりで
・月の落ちる方へ見送る
・あさあけ、うごくものがうごくものへ
・蚯蚓が半分ちぎれてにげたよ
    □
・水のながれの、ちつとも釣れない
 水草さいてゐるなかへ釣針《ハリ》をいれる
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 九月十日

とう/\徹夜してしまつた、悪い癖だと思ふけれど、どうしてもやまない、おそらくは一生やまないだらう、ちようど飲酒癖のやうに。
こゝまで来たらもう仕方がない、行けるところまで行かう。
夜が明ける前の星はうつくしい、星はロマンチツクだ、星を眺めることを人間が忘れないかぎり、人生はうつくしい。
こほろぎがいろ/\の物をたべるには驚いた、胡瓜、茄子、さゝげ、大根、玉葱までたべてゐる、私のたべるものはこほろぎもたべる、彼等は私に対して一種の侵入者だつた!
過ぎたるは及ばざるに如かず――まつたくさうだ、朝もかしわ、昼もかしわ、晩もまたかしわだ、待人不来、我常独在、御馳走がありすぎた!
どうやらかうやらお天気らしい、風呂にいつて髯を剃り、財布をはたいて買物をした。
身辺に酒があると、私はどうも落ちつけない、その癖あまり飲みたくはないのに飲まずにはゐられないのである、旦浦で酒造をしてゐる時、或る酒好老人がいつたことを思ひだした、――ワシは燗徳に[#「徳に」に「マヽ」の
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