成れの果だらう、鐘が鳴る、ぽか/\と秋の陽が照りだした、仰げばまさに秋空一碧となつてゐた。……
九月八日
酔中、炊いたり煮たり、飲んだり食べたりして、それを片付けて、そのまゝごろ寝したと見える、毛布一枚にすべてを任しきつた自分を見出した。
雨がをり/\ふるけれど、何となくほゝゑまれる日だ。
彼が変人[#「変人」に傍点]だつたといふことが彼を不幸にしたのである、彼が悪人[#「悪人」に傍点]又は畸人[#「畸人」に傍点]であつたならば、あゝまで不幸にはならなかつたらう(変人の多くは厭人[#「厭人」に傍点]だから)。
其中庵へ行つた、屋根の茸替中だつた[#「茸替中だつた」はママ]、見よ、其中庵はもう出来てゐるのだ、夏草も刈つてあつた、竹、黄橙、枇杷、密[#「密」に「マヽ」の注記]柑、柿、茶の木などが茂りふかく雨にしづもり立つてゐた。……
米はKさんが、塩はIさんがあげます、不自由はさせませんよといつて下さる、さて酒は。――
百舌鳥の最初の声をきいた、まだ秋のさけびにはなつてゐない。
辛子漬をするために、壺、鉢、塩などを買ふ、大根も買つた、久しぶりに大根おろしが食べられる。
塩は安い、野菜も安い、高いのは酒である。
こゝの人々――家主の方々、殊に隣家の主人――は畑作りが好きで、閑さへあれば土いぢりをしてゐる、見てゐて、いかにも幸福らしく、事実また幸福であるに違ひない、趣味即仕事といふよりも仕事即趣味だから一層好ましい。
けさ播いてゆふべ芽をふく野菜もある、昨日播いたのに明日でなければ芽ふかないのもあるといふ、しよつちゆう、畑をのぞいて土をいぢつて、もう生えた、まだ生えないとうれしがつてゐる、私までうれしくなる。
どうも枕がいけない、旅ではずゐぶん枕のために苦労した、枕のよしあし、といふよりもすききらひが私の一日、いや一生を支配するのである!
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・日照雨ぬれてあんたのところまで
ふつたりはれたり傘がさせてよろこぶ子
・鳴いてきてもう死んでゐる虫だ
□
・さみしうてみがく
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ひとりがさみしうなると、私はキツパチをみがいてゐる、だからキツパチのツヤ即ワタシのサミシサ[#「キツパチのツヤ即ワタシのサミシサ」に傍点]である。
いろんな虫がくる、今夜はこほろぎまでがやつてきて、にぎやかなことだつた。
九月九日
相かはらず
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