二人、若い方には好感が持てた。
よくのんでよくねた。

 二月十四日[#「二月十四日」に二重傍線] 曇、晴、行程五里、有家町、幸福屋(三五・中)

昨夜はラヂオ、今夜はチクオンキ、明日はコト、――が聴けますか。
大きな榕樹(アコオ)がそここゝにあつた、島原らしいと思ふ、たしかに島原らしい。

 二月十三日(追記)

玉峰寺で話す、――禅寺に禅なし、心細いではありませんか。
同宿の鮮人二人、彼等の幸福を祈る。
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自戒、焼酎は一杯でやめるべし
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酒は三杯をかさねるべからず
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・解らない言葉の中を通る
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歩いてゐるうちに、だん/\言葉が解らなくなつた、ふるさと遠し、――柄にもなく少々センチになる。
今日は五里歩いた、何としても歩くことはメシヤだよ、老へんろさんと妥協して片側づゝ歩いたが、やつぱりよかつた、よい山、よい海、よい人、十分々々。
原城阯を見て歩けなかつたのは残念だつた。 

 二月十四日(追記)幸福屋といふ屋号はおもしろい。

同宿は坊主と山伏、前者は少々誇大妄想狂らしい、後者のヨタ話も愉快だつた――剣山の話、山中生活の自由、山葵、岩魚、焼塩、鉄汁[#「鉄汁」に傍点]。……

 二月十五日[#「二月十五日」に二重傍線] 少し歩いて雨、布津、宝徳屋(三〇・中)

気が滅入つてしまうので、ぐん/\飲んだ、酔つぱらつて前後不覚、カルモチンよりアルコール、天国よりも地獄の方が気楽だ!
同宿は要領を得ない若者、しかし好人物だつた、適切にいへば、小心な無頼漢か。
此宿はよい、しづかでしんせつだ、滞在したいけれど。――

 二月十六日[#「二月十六日」に二重傍線] 行程三里、島原町、坂本屋(投込五〇・中)

さつそく緑平老からの来信をうけとる、その温情が身心にしみわたる、彼の心がそのまゝ私の心にぶつつかつたやうに感動する。

 二月十六日 廿二日 島原で休養。

近来どうも身心の衰弱を感じないではゐられない、酒があれば飲み、なければ寝る、――それでどうなるのだ!
俊和尚からの来信に泣かされた、善良なる人は苦しむ、私は私の不良をまざ/\と見せつけられた。
同宿の新聞記者、八目鰻売、勅語額売、どの人もそれ/″\興味を与へてくれた、人間が人間には最も面白い。

 二月廿三日[#「二月廿三日」に二重傍線] いよ/\出立、行程六里、守山、岩永屋(三〇・中)

久しぶりに歩いた、行乞した、山は海はやつぱり美しい、いちにち風に吹かれた。
此宿はよい、同宿の牛肉売、皮油売、豆売老人、酒一杯で寝る外なかつた。

 二月廿四日[#「二月廿四日」に二重傍線] 廿五日 行程五里、諫早町、藤山屋(三〇・中)

吹雪に吹きまくられて行乞、辛かつたけれど、それはみんな自業自得だ、罪障は償はなければならない、否、償はずにはゐられない。
また冬が来たやうな寒さ、雪(寒《カン》があんまりあたゝかだつた)。
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風ふいて一文もない
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五厘銭まで払つてしまつた、それでも一銭のマイナスだつた。

 二月廿六日[#「二月廿六日」に二重傍線] 晴曇定めなくして雪ふる、湯江、桜屋(三〇・上)

だいぶ歩いたが竹崎までは歩けなかつた、一杯飲んだら空、空、空!
九州西国第二十三番の札所和銅寺に拝登、小さい、平凡な寺だけれど何となし親しいものがあつた、たゞ若い奥さんがだらしなくて赤子を泣かせてゐたのは嫌だつた。
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 きのふは風けふは雪あすも歩かう
・ふるさとの山なみ見える雪ふる
・さみしい風が歩かせる
・このさみしさや遠山の雪
・山ふかくなり大きい雪がふつてきた
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酢牡蠣で一杯、しんじつうまい酒だつた!
夢の中でさへ私はコセ/\してゐる、ほんたうにコセ/\したくないものだ。

 二月廿七日[#「二月廿七日」に二重傍線] 風雪、行程七里、多良(佐賀県)、布袋屋(三〇・中)

キチガイ日和だつた、照つたり降つたり、雪、雨、風。……
第二十二番の竹崎観音(平井坊)へ参拝。
今日はお天気が悪くて道は悪かつたけれど、風景はよかつた、山も海も、そして人も。
此宿はよい、まぐれあたりのよさだつた。
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・こゝに住みたい水をのむ
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 二月廿八日[#「二月廿八日」に二重傍線] 晴、曇、雪、風、行程五里、鹿島町、まるや(三〇・中)

毎日シケる、けふも雪中行乞、つらいことはつらいけれど張合があつて、かへつてよろしい。
浜町行乞、悪路日本一といつてはいひすぎるだらうが、めづらしいぬかるみである、店鋪の戸は泥だらけ、通行人も泥だらけになる、地下足袋のゴムがだんぶり泥の中へはまりこむのだからやりきれない。
同時に、此地方は造酒屋の多いことも多い、したがつて酒は安い、我党の土地だ。
いつぞや福岡地方で同宿したことのある妙な男とまた同宿した、私を尊敬してくれるのは有難いけれど、何だ彼だと附き纒はれるのは迷惑だ、彼ぐらい増上慢になれば天下太平、現世極楽だらう。
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 四ッ手網さむ/″\と引きあげてある
 焼跡のしづかにも雪のふりつもる
・雪の法衣の重うなる(雪中行乞)
 雪に祝出征旗押したてた
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生きるとは味ふことだ[#「生きるとは味ふことだ」に傍点]、酒は酒を味ふことによつて酒も生き人も生きる、しみ/″\飯を味ふことが飯をたべることだ、彼女を抱きしめて女が解るといふものだ。

 二月廿九日[#「二月廿九日」に二重傍線] けふも雪と風だ、行程一里、廻里、橋口屋(投込五〇・上)

朝、裕徳院稲荷神社へ参拝、九州では宮地神社に次ぐ流行神だらう、鹿島から一里、自動車が間断なく通うてゐる、山を抱いて程よくまとまつた堂宇、石段、商売的雰囲気に包まれてゐるのはやむをえまいが、猿を飼うたり、諸鳥を檻に閉ぢこめてあるのは感心しない、但し放ち飼の鶏は悪くない、十一時から四時まで鹿島町行乞、自他共にいけないと感じこ[#「じこ」に「マヽ」の注記]とも二三あつた。
興教大師御誕生地御誕生院、また黄檗宗支所並明寺などがあつた。
この宿はほんたうによい、何よりもしんせつで、ていねいなのがうれしい、賄もよい、部屋もよい、夜具もよい、――しかも一室一燈一鉢一人だ。
心の友に、――我昔所造諸惑業、皆由無始貪瞋痴、従身口意之生、一切我今皆懺悔、こゝにまた私は懺悔文を書きつけます、雪が――雪のつめたさよりもそのあたゝかさが私を眼醒ましてくれました、私は今、身心を新たにして自他を省察してをります。……
不眠と感傷、その間には密接な関係がある、私は今夜もまた不眠で感傷に陥つた。

 三月一日[#「三月一日」に二重傍線]

三月更生、新らしい第一歩を踏みだした。
午前は冬、午後は春、シケもどうやらおさまつたらしい、行程二里、高町、秀津、山口、等、等とよく行乞した、おかげで理髪して三杯いただいた。
同宿六人、同室は猿まはし、おもしろいね。
[#ここから2字下げ]
・寒い寒い千人むすびをむすぶ(改作)
[#ここで字下げ終わり]
此宿は山口屋、二五、中、可もなし、不可もなし。
物にこだはるなかれ、無所得、無所有、飲まないで酔ふやうになれ。

 三月二日[#「三月二日」に二重傍線] 晴、曇、どうやら春ですね、行程二里、行乞六時間、久保田、まるいちや(三〇・中)

行乞相が日にましよくなるやうだ、主観的には然りといひきる、第三者に対しては知らない。
此地方で――どこでも――多いのは焼芋屋、そして鍼灸治療院。
いはゆる勝烏――天然保護物――が啼き飛ぶ、そこで一句。――
[#ここから2字下げ]
 頭上に啼きさわぐ鳥は勝烏《かちがらす》
・枯草につゝましくけふのおべんたう(追加)
[#ここで字下げ終わり]
今日は妙な事があつた、――或る家の前に立つと、奥から老妻君が出て来て、鉄鉢の中へ五十銭銀貨を二つ入れて、そしてまた奥へ去つてしまつた、極めて無造作に、――私は、行乞坊主としての私はハツとした、何か特殊な事情があると察したので懇ろに回向したが、後で考へて見ると、或は一銭銅貨と間違へたのではないかとも思ふ、若しさうであつたならば実に済まない事だつた、といつて今更引き返して事実を確めるのも変だ――行乞中、五十銭玉一つを頂戴することは時々ある、しかしそれが一つである場合には、間違ではないかと訊ねてからでなければ頂戴しない、実際さういふ間違も時々ある、だが、今日の場合は二つである、そして忙しい時でもなく暗い時でもない、すべてがハツキリしてゐる、私が疑はないで、特殊な事情のためだと直覚したことは、あながち無理ではあるまい、が、念のため 一応訊ねておいた方がよかつたとも考へられる、――とにかく、今となつては、稀有な喜捨として有難く受納する外はない、その一円を最も有効に利用するのが私の責務であらう。

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□焼き棄てて日記の灰のこれだけか
[#ここから5字下げ]
菩薩清涼月 畢竟遊於空
[#ここから2字下げ]
□うららかにして風

[#ここから3字下げ]
勿忘草より
わすれぐさ
ちよいと一服やりましよか

カルモチンより
アルコール
ちよいと一杯やりましよか
[#ここで字下げ終わり]

 三月三日[#「三月三日」に二重傍線] 晴、春だ、行程わづかに一里、佐賀市、多久屋(二五・中)

もう野でも山でも、どこでも草をしいて一服するによいシーズンとなつた、そしてさういふ私の姿もまた風景の一点描としてふさはしいものになつた。
今日はあまり行乞しなかつた、留置の来信を受取つたら、もう何もしたくなくなつた、それほど私の心は友情によつてあたゝめられ、よわめられたのである。
或る友に、――どうやら本物の春が来たやうですね、お互にたつしやでうれしい事です、私は先日来ひきつゞいての雪中行乞で一皮脱ぐことが出来ましたので、歩いても行乞しても気分がだいぶラクになりました、云々。
緑平老の手紙は私を泣かせた、涙なしには読みきれない温情があふれてゐる、私は友として緑平老其他の人々を持つてゐることを不思議とも有難すぎるとも思ふ。
途中、或る農家でお茶をよばれたが、薩摩芋を強ゐられたには閉口した、あまり好きではないけれど、いや、むしろ嫌いな方だけれど、それは深切そのものなので、二切三切食べたが、胸がやけて困つた。
佐賀へは初めて来たが、市としては賑ふ方ぢやない、しかし第一印象は悪くなかつた。
湯屋の看板に『一浴心広体胖』、大盛うどん屋の立額に『はたらかざる人はくふべからず』。
昨夜はよい宿よい酒だつた、此宿もよくないとはいへないが、うるさくて、おち/\酒も飲めない。
同宿七人(例の二人連れの猿まはしさんとまた泊り合せた)、その中の遍路夫婦は小さい子供を四人も連れてゐる、無智と野卑と焦燥とを憐れまずにはゐられない。

 三月四日[#「三月四日」に二重傍線] 晴、市中行乞、滞在、宿は同前。

九時半から二時半まで第一流街を行乞した、行乞相は悪くなかつた、所得も悪くなかつた。
何となく疲労を感じる、緑平老の供養で一杯やつてから活動へ出かける、妻吉物語はよかつた、爆弾三勇士には涙が出た、頭が痛くなつた、帰つて床に就いてからも気分が悪かつた。
戦争――死――自然、私は戦争の原因よりも先づその悲惨にうたれる、私は私自身をかへりみて、私の生存を喜ぶよりも悲しむ念に堪へない。
此宿は便利のよい点では第一等だ、前は魚屋、隣は煙草屋、そして酒屋はついそこだ、しかも安くて良い酒だ、地獄と極楽とのチヤンポンだ。
一年中の好季節となつた、落ちついて働きたい!

 三月五日[#「三月五日」に二重傍線] すべて昨日のそれらとおなじ。

大隈公園といふのがあつた、そこは侯の生誕地だつた、気持のよい石碑が建てられてあつた、小松の植込もよかつた、どこからともなく花のかをり――丁字花らしいにほひがたゞようてゐた、三十年前早稲田在学中、侯の庭園で、侯等といつしよ
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