れるやうにと祈り望むのが人間の心だ、心といふよりも性だ、こゝに人間味といつたやうなものがある。
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・いつも十二時の時計の下で寝かされる
 いちにち雨ふり故郷のこと考へてゐた
 夕闇の猫がからだをすりよせる
 牛がなけば猫もなく遍路宿で
・餓えて鳴きよる猫に与へるものがない
 どうやら霽れるらしい旅空
・尿するそこのみそはぎ花ざかり
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けふまでまとまらなかつたものがこれだけまとまつた、これも雨で休んだゝめである、雨を憎んだり愛したり、煩悩即菩提だ、といへないこともあるまいよ。
同宿の老遍路さんが耄碌してゐると思つたのは間違だつた、彼は持病の喘息の薬だといふので、アンポンタン(いが茄子の方語)を飲んだゝめだつた、その非常識、その非常識の効験は気の毒でもあり、また滑稽でもあつた、――いづれにしても悲喜劇の一齣たるを免かれないものだつた。
此宿には猫が三匹ゐる、どれも醜い猫だが、そのうちの一匹はほんたうによく鳴く、いつもミヤアミヤア鳴いてゐる、牝猫ださうなが、まさか、夫を慕ひ子を慕うて鳴くのでもなからう。
今晩のお菜は姫鮫のぬた、おいしかつた、シヨ
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