である、宿が落着いてゐるので滞在しようかとも思ふたが、金の余裕もないし、また、ゆつくりすることはよくないので、八時の汽車で吉松まで行く(六年前に加久藤越したことがあるが、こんどは脚気で、とてもそんな元気はない)、二時間ばかり行乞、二里歩いて京町、また二時間ばかり行乞、街はづれの此宿に泊る、豆腐屋で、おかみさんがとてもいゝ姑さんだ。
こゝには熱い温泉がある、ゆつくり浸つてから、焼酎醸造元の店頭に腰かけて一杯を味ふ(藷焼酎である、このあたり、焼酎のみでなく、すべてが宮崎よりも鹿児島に近い)。
このあたりは山の町らしい、行乞してゐると、子供がついてくる、旧銅貨が多い、バツトや胡蝶が売り切れてゐない。
人吉から吉松までも眺望はよかつた、汽車もあえぎ/\登る、桔梗、藤、女郎花、萩、いろんな山の秋草が咲きこぼれてゐる、惜しいことには歩いて観賞することが出来なかつた。
なんぼ田舎でも山の中でも、自動車が通る、ラヂオがしやべる、新聞がある、はやり唄が聞える。……
宮崎県では旅人の届出書に、旅行の目的を書かせる、なくもがなと思ふが、私は「行脚」と書いた、いつぞや、それについて巡査に質問されたことがあつた
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