十二月八日[#「十二月八日」に二重傍線] 晴后曇、行程四里、松崎、双之介居。
八時頃、おもたい地下足袋でとぼ/\歩きだした、酒壺洞君に教へられ勧められて双之介居を訪ねるつもりなのである、やうやく一時過ぎに、松崎といふ田舎街で『歯科口腔専門医院』の看板を見つける、ほんたうに、訪ねてよかつた、逢つてよかつたと思つた、純情の人双之介に触れることが出来た(同時に酔つぱらつて、グウタラ山頭火にも触れていたゞいたが)、まちがいのないセンチ、好きにならずにはゐられないロマンチシズム、あまりにうつくしい心の持主で、醜い自分自身を恥ぢずにはゐられない双之介、ゆたかな芸術的天分を発揮しないで、恋愛のカクテルをすゝりつゝある人――さういつたものを、しんみりと感じた。
開業所、宿泊所、飲食所、それがみんな別々なのも面白い、いかにも双之介的らしい、このあたりは悪くない風景だが、太刀洗が近いので、たえず爆音が聞えるのは困る。……
昨日今日は近代科学に脅やかされた、その適切な一例として、右は汽車が走る、左は電車が走る、そのまんなかを自動車が走る、法衣を着て網代笠をかかつた私が閉口するのも無理はあるまい、閉口
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