ちかい空から煤ふる
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 十一月廿一日[#「十一月廿一日」に二重傍線] 晴曇定めなくて時雨、市街行乞、宿は同前。

夢現のうちに雨の音をきいたが、やつぱり降る、晴れる、また降る、照りつゝ降る、降つてゐるのに照つてゐる、きちがい日和だ、九時半から一時半まで行乞する、辛うじて食べて泊つて一杯飲むだけは与へられた、時雨の功徳でもあり、袈裟の功徳でもある。
さんざ濡れて働らく、かういふ人々の間を通り抜けて行乞する、私も肉体労働者であることに間違いない。
下関の市街は歩いてゐるうちに、酒屋、魚屋、八百屋、うどん屋、餅屋(此頃は焼芋屋)、等々の食気屋の多いのに、今更のやうに驚かないではゐられない、鮮人の多いのにも驚ろく、男は現代化してゐるけれど、女は固有の服装でゆう/\と歩いてゐる、子供を腰につけてゐるのも面白い(日本人は背中につけ、西洋人は籃に入れてゐる)。
昨日も時化、今日も時雨だ、明日も時雨かも知れない、時化と関門、時化の関門と私とはいつも因縁がふかいらしい。
街頭風景としては、若い娘さんが、或る魚屋の店頭で、手際よく鰒を割いてゐた、おもしろいね、月並臭はあるけれど、
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