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同宿の坊さん、彼は真言宗だといつてゐたが、とにかく一癖ある人間だつた、今は眼が悪く年をとつたのでおとなしいが、ちよいちよい昔の負けじ魂を押へきれないやうだ。
十一月十四日[#「十一月十四日」に二重傍線] 霧、霜、曇、――山国の特徴を発揮してゐる、日田屋(三〇・中)
前の小川で顔を洗ふ、寒いので九時近くなつて冷たい草鞋を穿く、河一つ隔てゝ森町、しかしこの河一つが何といふ相違だらう、玖珠町では殆んどすべての家が御免で、森町では殆んどすべての家がいさぎよく報謝して下さる、二時過ぎまで行乞、街はづれの宿へ帰つてまた街へ出かけて、造り酒屋が三軒あるので一杯づゝ飲んでまはる、そしてすつかりいゝ気持になる、三十銭の幸福だ、しかしそれはバベルの塔の幸福よりも確実だ。
森町は、絵葉書には谿郷と書いてあるけれど、山郷といつた方がいゝ、末広神社へ詣つて九州アルプスを見渡した風景はよかつた、町の中に森あり原あり、家あり石あり、そこがいゝ。
岩扇山といふはおもしろい姿だ、頂上の平ぺつたい岩が扇を開いたやうな形をしてゐる、耶馬渓の風景のプロローグだ、私は奇勝とか絶景とかいはれるものは好かないが、その
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