私の最後の本格が出現しつゝあるのである、呪ふべき酒ではあつたが、同時に祝すべき酒でもあつたのだ、生死の外に涅槃なく、煩悩の外に菩提はない。
おしまひにユーモラスな※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話を二つ(それは行乞漫談の資料としておもしろい)、――或る小さい料理屋の前に立つ、そこの階段の横で、鏡台を前に、あまりシヤンでもない酌婦がしきりに髪を撫でたり顔を撫でたりしてゐる、時々横目で私の方を見るが、御免とも何ともいはないので、私も観音経を読誦し続けた、しかしずゐぶん長く立つてゐるのに、依然として同じ状態だ、とう/\私は根気負けして立ち去つた、ユーゴーか誰かの言葉に、女は弱く母は強しとあつたが、鏡の前の女は何といふ強さだらう、とても敵はない、或はまた思ふ、彼女の布施は横眼でちよい/\見たこと、いひかへれば色眼ではなかつたらうか知ら! もう一つは、或る店の前に立つ、老婆がすぐ立ちあがつて抽出しの中を探し初めた、お断りをいはないから読経しつゝ待つてゐる、しきりに探しまはすが見つからないらしい様子、気の毒さうに私を見ては探しつゞけてゐる、暫らくしてやつと見
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