である、宿が落着いてゐるので滞在しようかとも思ふたが、金の余裕もないし、また、ゆつくりすることはよくないので、八時の汽車で吉松まで行く(六年前に加久藤越したことがあるが、こんどは脚気で、とてもそんな元気はない)、二時間ばかり行乞、二里歩いて京町、また二時間ばかり行乞、街はづれの此宿に泊る、豆腐屋で、おかみさんがとてもいゝ姑さんだ。
こゝには熱い温泉がある、ゆつくり浸つてから、焼酎醸造元の店頭に腰かけて一杯を味ふ(藷焼酎である、このあたり、焼酎のみでなく、すべてが宮崎よりも鹿児島に近い)。
このあたりは山の町らしい、行乞してゐると、子供がついてくる、旧銅貨が多い、バツトや胡蝶が売り切れてゐない。
人吉から吉松までも眺望はよかつた、汽車もあえぎ/\登る、桔梗、藤、女郎花、萩、いろんな山の秋草が咲きこぼれてゐる、惜しいことには歩いて観賞することが出来なかつた。
なんぼ田舎でも山の中でも、自動車が通る、ラヂオがしやべる、新聞がある、はやり唄が聞える。……
宮崎県では旅人の届出書に、旅行の目的を書かせる、なくもがなと思ふが、私は「行脚」と書いた、いつぞや、それについて巡査に質問されたことがあつたが。
今日出来た句の中から、――
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はてもない旅の汗くさいこと
・このいたゞきに来て萩の花ざかり
山の水はあふれ/\て
・旅のすゝきのいつ穂にでたか
・投げ出した足へ蜻蛉とまらうとする
ありがたや熱い湯のあふるゝにまかせ
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此地は県政上は宮崎に属してゐるが、地理的には鹿児島に近い、言葉の解り難いのには閉口する。
藷焼酎をひつかけたので、だいぶあぶなかつたが、やつと行き留めた、夜はぐつすり寝た、おかげで数日来の睡眠不足を取りかへした、南無観世音菩薩。
九月十八日[#「九月十八日」に二重傍線] 雨、飯野村、中島屋(三五・中)
濡れてこゝまで来た、午後はドシヤ降りで休む、それでも加久藤を行乞したので、今日の入費だけはいたゞいた。
此宿は二階がなく相客も多く、子供が騒ぎ立てるのでかなりうるさくてきたない、それにしても昨日の宿はほんとうによかつた、何もかも一切がよかつた、上の上だつた。
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・濡れてすゞしくはだしで歩く
・けふも旅のどこやらで虫がなく
ひとり住んで蔦を這はせる
身に触れて萩のこぼるゝよ
[#ここで字下げ終わり]
朝湯はうれしかつた、早く起きて熱い中へ飛び込む、ざあつと溢れる、こん/\と流れてくる、生きてゐることの楽しさ、旅のありがたさを感じる、私のよろこびは湯といつしよにこぼれるのである。
けふは今にも噛みつくかと思ふほど大きな犬に吠えられた、それでも態度や音声のかはらなかつたのは自分ながらうれしかつた、その家の人々も感心してくれたらしい、犬もとう/\頭を垂れてしまつた。
同宿の人が語る『酒は肥える、焼酎は痩せる』彼も亦アル中患者だ、アルコールで自分をカモフラージしなくては生きてゆけない不幸な人間だ。
鮮人か内地人か解らないほど彼は旅なれてゐた、たゞ争はれないのは言葉のアクセントだつた。
同宿の人は又語る『どうせみんな一癖ある人間だから世間師になつてゐるのだ』私は思ふ『世間師は落伍者だ、強気の弱者だ』
流浪人にとつては[#「とつては」は底本では「とっては」]食べることが唯だ一つの楽しみとなるらしい、彼等がいかに勇敢に専念に食べてゐか[#「ゐか」に「マヽ」の注記]、その様子を見てゐると、人間は生きるために食ふのぢやなくて食ふために生きてゐるのだとしか思へない、実際は人間といふものは生きることゝ、食ふことゝは同一のことになつてしまうまでので[#「ので」に「マヽ」の注記]あらうが。
とにかく私は生きることに労れて来た。
九月十九日[#「九月十九日」に二重傍線] 晴、小林町、川辺屋(四〇・中)
いかにも秋らしいお天気である、心もかろく身もかろく午前中三時間、駅附近を行乞する、そして十二時の汽車で小林町へ、また二時間行乞。
此宿は探しまはつて探しあてたゞけあつてよかつた、食べものは近来にないまづさであるが、一室一燈を占有してゐられるのが、私には何よりうれしい。
夜はだいぶ飲んだ、無何有郷を彷徨した、アルコールがなくては私の生活はあまりにさびしい、まじめですなほな私は私自身にとつてはみじめで仕方がない。
九月廿日[#「九月廿日」に二重傍線] 晴、同前。
小林町行乞、もう文なしだからおそくまで辛抱した、かうした心持をいやしいとは思ふが、どうしようもない、もつとゆつたりとした気分にならなければ嘘だ、けふの行乞はほんとうにつらかつた、時々腹が立つた、それは他人に対するよりも自分に対しての憤懣であつた。
夜はアルコールなしで早くから寝た、石豆腐(此地方の豆腐は水に入れ
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