行乞記
(一)
種田山頭火
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)羽毛《ハネ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大|魚籃《ビク》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話が
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\の事が
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−
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このみちや
いくたりゆきし
われはけふゆく
しづけさは
死ぬるばかりの
水がながれて
[#ここで字下げ終わり]
九月九日[#「九月九日」に二重傍線] 晴、八代町、萩原塘、吾妻屋(三五・中)
私はまた旅に出た、愚かな旅人として放浪するより外に私の行き方はないのだ。
七時の汽車で宇土へ、宿においてあつた荷物を受取つて、九時の汽車で更に八代へ、宿をきめてから、十一時より三時まで市街行乞、夜は餞別のゲルトを飲みつくした。
同宿四人、無駄話がとり/″\に面白かつた、殊に宇部の乞食爺さんの話、球磨の百万長者の慾深い話などは興味深いものであつた。
九月十日[#「九月十日」に二重傍線] 晴、二百廿日、行程三里、日奈久温泉、織屋(四〇・上)
午前中八代町行乞、午後は重い足をひきずつて日奈久へ、いつぞや宇土で同宿したお遍路さん夫婦とまたいつしよになつた。
方々の友へ久振に――ほんたうに久振に――音信する、その中に、――
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……私は所詮、乞食坊主以外の何物でもないことを再発見して、また旅へ出ました、……歩けるだけ歩きます、行けるところまで行きます。
[#ここで字下げ終わり]
温泉はよい、ほんたうによい、こゝは山もよし海もよし、出来ることなら滞在したいのだが、――いや一生動きたくないのだが(それほど私は労[#「労」に「マヽ」の注記]れてゐるのだ)。
九月十一日[#「九月十一日」に二重傍線] 晴、滞在。
午前中行乞、午後は休養、此宿は夫婦揃つて好人物で、一泊四十銭では勿躰ないほどである。
九月十二日[#「九月十二日」に二重傍線] 晴、休養。
入浴、雑談、横臥、漫読、夜は同宿の若い人と共に活動見物、あんまりいろ/\の事が考へ出されるから。
九月十三日[#「九月十三日」に二重傍線] 曇、時雨、佐敷町、川端屋(四〇・上)
八時出発、二見まで歩く、一里ばかり、九時の汽車で佐敷へ、三時間行乞、やつと食べて泊るだけいたゞいた。
此宿もよい、爺さん婆さん息子さんみんな深切だつた。
夜は早く寝る、脚気が悪くて何をする元気もない。
九月十四日[#「九月十四日」に二重傍線] 晴、朝夕の涼しさ、日中の暑さ、人吉町、宮川屋(三五・上)
球磨川づたひに五里歩いた、水も山もうつくしかつた、筧の水を何杯飲んだことだらう。
一勝地で泊るつもりだつたが、汽車でこゝまで来た、やつぱりさみしい、さみしい。
郵便局で留置の書信七通受取る、友の温情は何物よりも嬉しい、読んでゐるうちにほろりとする。
行乞相があまりよくない、句も出来ない、そして追憶が乱れ雲のやうに胸中を右往左往して困る。……
一刻も早くアルコールとカルモチンとを揚棄しなければならない、アルコールでカモフラージした私はしみ/″\嫌になつた、アルコールの仮面を離れては存在しえないやうな私ならばさつそくカルモチンを二百瓦飲め(先日はゲルトがなくて百瓦しか飲めなくて死にそこなつた、とんだ生恥を晒したことだ!)。
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呪うべき句を三つ四つ
蝉しぐれ死に場所をさがしてゐるのか
・青葉に寝ころぶや死を感じつゝ
毒薬をふところにして天の川
・しづけさは死ぬるばかりの水が流れて
[#ここで字下げ終わり]
熊本を出発するとき、これまでの日記や手記はすべて焼き捨てゝしまつたが、記憶に残つた句を整理した、即ち、
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・けふのみちのたんぽゝ咲いた
・嵐の中の墓がある
炭坑街大きな雪が降りだした
□
・朝は涼しい草鞋踏みしめて
炎天の熊本よさらば
・蓑虫も涼しい風に吹かれをり
熊が手をあげてゐる藷の一切れだ(動物園)
・あの雲がおとした雨か濡れてゐる
・さうろうとして水をさがすや蜩に
・岩かげまさしく水が湧いてゐる
・こゝで泊らうつく/\ぼうし
・寝ころべば露草だつた
・ゆふべひそけくラヂオが物を思はせる
・炎天の下を何処へ行く
・壁をまともに何考へてゐた
・大地したしう投げだして手を足を
・雲かげふかい水底の顔をのぞく
・旅のいくにち赤い尿して
・さゝげまつる鉄鉢の日ざかり
[#ここで字下
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