てない)を一丁食べて、それだけでこぢれた心がやわらいできた。
このあたりはまことに高原らしい風景である、霧島が悠然として晴れわたつた空へ盛りあがつてゐる、山のよさ、水のうまさ。
西洋人は山を征服[#「征服」に傍点]しようとするが、東洋人は山を観照[#「観照」に傍点]する、我々にとつては山は科学の対象でなくて芸術品である、若い人は若い力で山を踏破せよ、私はぢつと山を味ふのである。
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・かさなつて山のたかさの空ふかく
霧島に見とれてゐれば赤とんぼ
朝の山のしづかにも霧のよそほひ
チヨツピリと駄菓子ならべて鳳仙花
旅はさみしい新聞の匂ひかいでも
山家明けてくる大粒の雨
重荷おもかろ濃き影ひいて人も馬も
朝焼け蜘蛛のいとなみのいそがしさ
・泣きわめく児に銭を握らし
蒸し暑い日の盗人つかまへられてしまつた
こんなにたくさん子を生んではだか
死にそこなつて虫を聴いてゐる
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九月廿一日[#「九月廿一日」に二重傍線] 曇、雨、彼岸入、高崎新田、陳屋(四〇・上)
九時の汽車で高原へ、三時間行乞、そして一時の汽車で高崎新田へ、また三時間行乞。
高原も新田も荒涼たる村の町である、大きな家は倒れて住む人なく、小さい家は荒れゆくまゝにして人間がうようよしてゐる、省みて自分自身を恥ぢ且つ恐れる。
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霧島は霧にかくれて赤とんぼ
病人連れて秋雨のプラツトホーム
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霧島は霧にかくれて見えない、たゞ高原らしい風が法衣を吹いて通る、あちらを見てもこちらを見ても知らない顔ばかり、やつぱりさびしいやすらかさ、やすらかなさびしさに間違いない。
此宿は満員だといふのを無理に泊めて貰つた、よかつた、おばあさんの心づくしがうれしい。
此宿のおかみさんは感心だ(今の亭主は後入らしい)、息子を商業学校に、娘を女学校にやつてゐる、しかし息子も娘もあまりよい出来ではないらしいが。
今[#「今」に「マヽ」の注記]の旅のヱピソードとしては特種があつた。――
小林駅で汽車を待合してゐると、洋服の中年男が近づいてきた、そしていやににこ/\して、いつしよに遊ばうといふ、私が菩提銭を持つてゐると思つたのか、或は遊び仲間によ□□思つたのか、とにかく、奇怪な申出である、あまりしつこいので断るに困つた、――何と旅はおもしろい事がある!
九月廿二日[#「九月廿二日」に二重傍線] 晴、曇、都城市、江夏屋(四〇・中)
七時出立、谷頭まで三里、道すがらの風光をたのしみながら歩く、二時間行乞、例の石豆腐を食べる、庄内町まで一里、また三時間行乞、すつかりくたぶれたけれど、都城留置の手紙が早くみたいので、むりにそこまで二里、暮れて宿についた、そしてすぐまた郵便局へ、――友人はありがたいとしみ/″\思つた。
けふはぞんぶんに水を飲んだ、庄内町の自動車乗場の押揚ポンプの水はよかつた、口づけて飲む山の水には及ばないけれど。
こゝへ来るまでの道で逢つた学校子供はみんなはだしだつた、うれしかつた、ありがたかつた。
けふもまた旅のヱピソードの特種一つ、――宿をさがして急いでゐるうちにゆきあつた若い女の群、その一人が『あう』といふ、熊本のカフヱーでみたことのある顔だ、よく覚えてゐましたね、いらつしやいといひましたね、さてあなたはどこでしたかね。
同宿十余人、同室一人、隣室二人、それ/″\に特徴がある、虚無僧さんはよい、ブラ/\さんもわるくない、坊さんもわるくない、少々うるさいけれど。
九月廿三日[#「九月廿三日」に二重傍線] 雨、曇、同前。
八時から二時まで都城の中心地を行乞、こゝは市街地としてはなか/\よく報謝して下さるところである。
今日の行乞相はよかつた、近来にない朗らかさである、この調子で向上してゆきたい。
一杯二杯三杯飲んだ(断つておくが藷焼酎だ)、いゝ気持になつて一切合切無念無想。
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きのふけふのぐうたら句
糸瓜の門に立つた今日は(子規忌)
・旅の宿の胡椒のからいこと
・羽毛《ハネ》むしる鶏《トリ》はまだ生きてゐるのに
・しんじつ秋空の雲はあそぶ
あかつきの高千穂は雲かげもなくて
お信心のお茶のあつさをよばれる
芋虫あつい道をよこぎる
竹籔の奥にて牛が啼いてるよ
・露でびつしより汗でびつしより
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夜は教会まで出かけて、本間俊平氏の講演を聴く喜びにあつたが、しかし幻滅でないとはいへなかつた、予期したよりも世間並過ぎ上手過ぎてゐはしないだらうか、私は失礼とは思つたが中座した。
やつぱり飲み過ぎた、そして饒舌り過ぎた、どうして酒のうまさと沈黙の尊さと、そして孤独のよろしさとに徹しえないのだ。
同宿の坊さんはなか/\の物知りである、世間
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