坊主としては珍らしい、たゞ物を知つてゐて物を味はつてゐない、酒好きで女好きで、よく稼ぎもするがよく費ひもする、もう一人の同宿老人は気の毒な身の上らしい、小学校長で敏腕家の弟にすがりつくべくあせつてゐる、煙草銭もないらしい一服二服おせつたいしてあげた。
酔ふた気分は、といふよりも酔うて醒めるときの気分はたまらなく嫌だけれど、酔ふたゝめに睡れるのはうれしい、アルコールをカルモチンやアダリンの代用とするのはバツカスに対して申訳ないが。
九月廿四日[#「九月廿四日」に二重傍線] 晴、宿は同前。
藷焼酎のたゝりで出かけたくないのを無理に草鞋を穿く、何といふウソの生活だ、こんなウソをくりかへすために行乞してゐるのか、行乞してゐて、この程度のウソからさへ脱離しえないのか。
昼食の代りにお豆腐をいたゞく、そして幾度も水を飲んだ、そのおかげで、だいぶ身心が軽くなつた。
今日は彼岸の中日、願蔵寺といふかなり大きな寺院の境内には善男善女がたくさん参詣してゐた、露店も五六あつた、私はそこでまたしても少年時代を思ひ起して、センチになつたことを白状する。
[#ここから2字下げ]
・投げ与へられた一銭のひかりだ
・馬がふみにじる草は花ざかり
[#ここで字下げ終わり]
朝一杯、昼一杯、晩一杯、一杯一杯また一杯で一杯になつてしまふのだらう。
心境はうつりかはつてゆく、しかしなか/\ひらけない、水は流れるまゝに流れてゆけ。
けふも旅のヱピソード――行乞漫談の材料が二つあつた、或るカフヱーに立つ、女給二三人ふざけてゐてとりあはない、いつもならばすぐ去るのだけれど、こゝで一つ根くらべをやるつもりで、まあユーモラスな気分で観音経を読誦しつゞけた、半分ばかり読誦したとき、彼女の一人が出て来て一銭銅貨を鉄鉢に入れやうとするのを『ありがたう』といつて受けないで『もういたゞいたもおなじですから、それは君にチツプとしてあげませう』といつたら、笑つてくれた、私も笑つた、少々嫌味だけれど、ナンセンスの一シーンとしてはどうだらうか、もう一つの話は、お寺詣りのおばあさんが、行きずりに二銭下さつた、見るとその一つは黒つぽくなつた五銭の旧白銅貨である、呼びとめてお返しするとおばあさん喜んで外の一銭銅貨を二つ下さつた、彼女も嬉しさうだつたが、私も嬉しかつた。
今晩は特別の下好物として鰯と茗荷とを買つた、焼鰯五尾で弐銭、茗荷三つで一銭、そして醤油代が一銭、合計四銭の御馳走也。
九月廿五日[#「九月廿五日」に二重傍線] 雨、宮崎市、京屋(三五・上)
たいして降りさうもないので朝の汽車に乗つたが、とう/\本降りになつた、途中の田野行乞もやめて一路宮崎まで、そして杉田さんを訪ねたが旅行中で会へない、更に黒木さんを訪ねて会ふ、それからこゝへ泊る。
けふは雨で散々だつた、合羽を着けれど、草鞋のハネが脚絆と法衣をメチヤクチヤにした、宿の盥を借りて早速洗濯する、泣いても笑つても、降つても照つても独り者はやつぱり独り者だ。
こゝは水が悪いので困る、便所の汚ないのにも閉口する、座敷は悪くない、都城でのはれ/″\しさはないけれど。
列車内で乗越切符書換してくれた専務車掌さんには好感が持てた、どこといつていひどころのないよさがあつた、禅の話は好きで得るところが多いなどゝも語つた。
宮崎県の文化はたしかに後れてゐる、そして道を訊ねても教へ方の下手、或は不深切さが早[#「早」に「マヽ」の注記]敢ない旅人を寂しがらせる、たゞ町名標だけは間違ひなく深切だつたが。
隣室の若夫婦、逢うて直ぐ身の上話を初める、失敗つゞきの不運をかこつ、彼等は襤褸を着て故郷に帰つたところだ、まあ、あまり悲観しないで運のめぐつてくるをお待ちなさい、などゝ、月並の文句を云つて慰める。
雨そのものは悪くないけれど、雨の窓でしんみりと読んだり考へたりすることは好きだけれど、雨は世間師を経済的に苦しめる、私としては行乞が出来ない、今日も汽車賃八十銭、宿料五十銭、小遣二三十銭は食ひ込みである、幸にして二三日前からの行乞で、それだけの余裕はあつたけれど。
子供が泣く、ほんたうに嫌だ、私は最も嫌ひなものとしては、赤子の泣声を[#「を」に「マヽ」の注記]或る人の問に答へたことがある。
夜になつて、紅足馬、闘牛児の二氏来訪、いつしよに笑楽といふ、何だか固くるしい料理屋へゆく、私ひとりで飲んでしやべる、初対面からこんなに打ち解けることが出来るのも層雲のおかげだ、いや俳句のおかげだ、いや/\、お互の人間性のおかげだ! だいぶおそくなつて、紅足馬さんに送られて帰つて来た、そしてぐつすり寝た。
旅のヱピソードの一つとして、庄内町に於ける小さい娘の児の事を書き添へておかう、彼女はそこのブルの秘蔵娘らしかつた、まだ学齢には達しないらしいけれど、愛嬌のある茶目子だつた
前へ
次へ
全44ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング