城、江夏屋(四〇・中)

九時の汽車に乗る、途中下車して、岩川で二時間、末吉で一時間行乞、今日はまた食ひ込みである。
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・年とれば故郷こひしいつく/\ぼうし
 安宿のコスモスにして赤く白く
 一本一銭食べきれない大根である
・何とたくさん墓がある墓がある
 海は果てなく島が一つ
・はだかでだまつて何掘つてるか
 秋寒く酔へない酒を飲んでゐる
 今日のうれしさは草鞋のよさは
 一きれの雲もない空のさびしさまさる
 波のかゞやかさも秋となつた
 砂掘れば砂のほろ/\
 線路へこぼるゝ萩の花かな
 秋晴れて柩を送る四五人に
・岩が岩に薊咲かせてゐる(鵜戸)
・何といふ草か知らないつゝましう咲いて
 まづ水を飲みそれからお経を
・言葉が解らないとなりにをる
 秋晴れの菜葉服を出し褪めてゐる
・こころしづ[#「しづ」に「マヽ」の注記]山のおきふし
・家を持たない秋がふかうなつた
・捨てゝある扇子をひらけば不二の山
 旅の夫婦が仲よく今日の話
   行乞即事
 秋の空高く巡査に叱られた
・その一銭はその児に与へる
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今夜は飲み過ぎ歩き過ぎた、誰だか洋服を着た若い人が宿まで送つてくれた、彼に幸福あれ。
藷焼酎の臭気はなか/\とれないが、その臭気をとると、同時に辛味もなくなるさうな、臭ければこそ酔ふのだらうよ。
世を捨てゝ山に入るとも味噌醤油酒の通ひ路なくてかなはじ、といふ狂歌(?)を読んだ、山に入つても、雲のかなたにも浮世があるといふ意味の短歌を読んだこともある、こゝも山里塵多しと語[#「と語」に「マヽ」の注記]句も覚えてゐる、田の草をとればそのまゝ肥料《コヤシ》かな――煩悩即菩提、生死去来真実人、さてもおもろい人生人生。
夕方また気分が憂欝になり、感傷的にさへなつた、そこで飛び出して飲み歩いたのだが、コーヒー一杯、ビール一本、鮨一皿、蕎麦一椀、朝日一袋、一切合財で一円四十銭、これで懐はまた秋風落寞、さつぱりしすぎたかな(追記)。

 十月十三日[#「十月十三日」に二重傍線] 晴、休養、宿は同前。

とても行乞なんか出来さうもないので、寝ころんで読書する、うれしい一日だつた、のんきな一日だつた。
一日の憂は一日にて足れり――キリストの此言葉はありがたい、今日泊つて食べるだけのゲルトさへあれば(慾には少し飲むだけのゲルトを加へていたゞいて)、それでよいではないか、それで安んじてゐるやうでなければ行乞流浪の旅がつゞけられるものぢやない。
この宿はひろ/″\として安易な気持でゐられるのがよい、電燈の都合がよろしいと申分ないが。
昨日今日すつかり音信の負債を果したので軽い気になつた、ゲルトの負債も返せると大喜びなのだけれど、その方は当分、或は永久に見込みないらしい。
句もなく苦もなかつた、銭もなく慾もなかつた、かういふ一日が時になければやりきれない。

 十月十四日[#「十月十四日」に二重傍線] 晴、都城市街行乞、宿は同前。

八時半から三時半まで行乞、この行乞のあさましさを知れ、そこには昨日休んだからといふ考へがある、明日は降るかも知れないといふ心配がある、――こんなことで何が行乞だ、行脚と旅行の目的欄に記したが(宿帳に)、恥づかしくはないか。
どこの庭にも咲いてゐる赤い花、それはサルピ[#「ピ」に「マヽ」の注記]ヤといふのださうな、何とかふさはしい和名がありさうなものだ、花そのものが日本的だから。
同宿の薬屋さん、とう/\アクセントで鮮人といふことが解つた、どんなに内地化したつて鮮人は遂に鮮人だつた、こに[#「こに」に「マヽ」の注記]も民族的問題が提供されてゐる。
例の饒舌僧とまた同宿した、知つたかぶりといふ言葉は彼のために出来たかと思はれるほどだ、人間はいゝけれど舌が長すぎる、下らない本を読んで、しかもそれを覚えすぎてゐる、『知る』といふことの価値が解らなければ宗教は解らない、といつてゐる私自身も知解情量の亜流だが。
都城で、嫌でも眼につくのは、材木と売春婦とである、製材所があれば料理屋がある、木屑とスベタとがうよ/\してゐる、それもよしあし、よろしくあしく、あしくよろしく。
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 皮膚が荒れてくる旅をつゞけてゐる
 すこしばかり買物もして旅の夫婦は
 石刻む音のしたしくて石刻む
 朝寒に旅焼けの顔をならべて
・片輪同志で仲よい夫婦の旅
・ざくりざくり稲刈るのみの
・秋晴れの砂をふむよりくづれて
 鶏《トリ》を叱る声もうそ寒う着いた
 いそがしう飯たべて子を負うてまた野良へ
・木葉落ちる声のひととき
・貧乏の子沢山の朝から泣いてゐる
・それでよろしい落葉を掃く
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 十月十五日[#「十月十五日」に二重傍線] 晴、行程四里、有水、山村屋(四〇・中・下)


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