踏むまいとしたその蟹は片輪だ
志布志へ一里の秋の風ふく
・こゝまできてこの木にもたれる
・秋風の石を拾ふ
・人里ちかい松風の道となる
泣く子叱つてる夕やみ
飲まずには通れない水がしたゝる
砂がぽこ/\旅はさみしい
ヨタ一句
こんなところにこんなシヤンがゐる波音
[#ここで字下げ終わり]
安宿の朝はおもしろい、みんなそれ/″\めい/\の姿をして出てゆく、保護色といふやうなことを考へざるをえない、片輪は片輪のやうに、狡いものは狡いやうに、そして、一は一のやうに!
今日の行乞相はよくもわるくもなかつた、嫌な事が四つあつた、同時にうれしい事が四つあつた、憾むらくは私自身が空の空になれない事だ、嫌も好きもあるものか。
米価の安くなる事実は私のやうなものをも考へさせる、――飫肥では弐十八銭、油津では二十五銭、上ノ町では弐十弐銭となつた(新白米では弐十銭以下だとさへ聞いた)。
今町から志布志まで三里強、日本風の海岸佳景である、一里ばかり来たところに、宮崎と鹿児島との県界石標が立つてゐる、大きなタブの樹も立つてゐる、石よりも樹により多く心を惹かれるのは私のセンチメンタリズムか、夏井の浜といふところは海水浴場としてよいらしかつた、別荘風の料理屋もあつた、浅酌低唱味を思ひ出させるに十分だ。
自動車が走る、箱馬車が通る、私が歩く。
途上、道のりを訊ねたり、此地方の事情を教へてくれた娘さんはいゝ女性だつた、禅宗――しかも曹洞宗――の寺の秘蔵子と知つて、一層うれしかつた、彼女にまことの愛人あれ。
草鞋がないのには困つたが、それでもおせつたいとしていたゞいたり、明月に供へるのを貰つたりして、どうやらかうやらあまり草履をべた/\ふまないですんだ、私も草鞋の句はだいぶ作つたが、ほんたうの草鞋の名句が出来さうなものだ。
同室三人、松葉ヱツキス売の若い鮮人は好きだつたが、もう一人は要領を得ない『山芋掘』で、うるさいから、街へ出て飲む、そしてイモシヨウチユウの功徳でぐつすり寝ることが出来た。
十月十一日[#「十月十一日」に二重傍線] 晴、曇、志布志町行乞、宿は同前。
九時から十一時まで行乞、こんなに早う止めるつもりではなかつたけれど、巡査にやかましくいはれたので、裏町へ出て、駅で新聞を読んで戻つて来たのである(だいたい鹿児島県は行乞、押売、すべての見[#「見」に「マヽ」の注記]師の行動について法文通りの取締をするさうだ)。
今日は中学校の運動会、何しろ物見高い田舎町の事だから、爺さん婆さんまで出かけるらしい、それも無理はない、いや、よいことだと思ふ。
隣室の按摩兼遍路さんは興味をそゝる人物だつた、研屋さんも面白い人物だつた、昨夜の「山芋掘り」も亦異彩ある人物だつた、彼は女房に捨てられたり、女房を捨てたり、女に誑されたり、女を誑したりして、それが彼の存在の全部らしかつた、いはゞ彼は愚人で、そして喰へない男なのだ、多少の変質性と色情狂質とを持つてゐた。
畑のまんなかに、どうしたのか、コスモスがいたづらに咲いてゐる、赤いの、白いの、弱々しく美しく眺められる。
今日はまた、代筆デーだつた。あんまさんにハガキ弐枚、とぎやさんに四枚、やまいもほりさんに六枚書いてあげた、代筆を[#「筆を」に「マヽ」の注記]くれやうとした人もあるし、あまり礼もいはない人もある。
夕べ、一杯機嫌で海辺を散歩する、やつぱり寂しい、寂しいのが本当だらう。
行乞してゐる私に向つて、若い巡査曰く、托鉢なら托鉢のやうに正々堂々とやりたまへ、私は思ふ、これでずゐぶん正々堂々と行乞してゐるのだが。
隣室に行商の支那人五人組が来たので、相客二人増しとなる、どれもこれもアル中毒者だ(私もその一人であることに間違ひない)、朝から飲んでゐる(飲むといへばこの地方では藷焼酎の外の何物でもない)、彼等は彼等にふさはしい人生観を持つてゐる、体験の宗教とでもいはうか。
コロリ往生――脳溢血乃至心臓麻痺でくたばる事だ――のありがたさ、望ましさを語つたり語られたりする。
人間といふものは、話したがる動物だが、例の山芋掘りさんの如きは、あまり多く話す、ナフ売りさんはあまりに少く話す、さて私はどちらだつたかな。
酒壺洞君の厚意で、寝つかれない一夜がさほど苦しくなかつた、文芸春秋はかういふ場合の読物としてよろしい。
支那人――日本へ来て行商してゐる――は決して飲まない、煙草を吸ふことも少い、朝鮮人はよく飲みよく吸ひ、そしてよく喧嘩する(日本人によく似てゐる)、両者を通じて困るのは、彼等の会話が高調子で喧騒で、傍若無人なことだ。
夢に、アメリカへ渡つて、ドーミグラスといふ町で、知つたやうな知らないやうな人に会つて一問題をひきおこした、はて面妖な。
十月十二日[#「十月十二日」に二重傍線] 晴、岩川及末吉町行乞、都
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