記]、夕飯をすまして武蔵温泉まで出かけて一浴、また一杯やつて寝る。
[#ここから2字下げ]
朝日かゞやく大仏さまの片頬
まともに拝んで、まはつて拝む大仏さま
師走の街のラヂオにもあつまつてゐる
・小春日有縁無縁の墓を洗ふ
送らるゝぬかるみの街
おいしいにほひのたゞよふところをさまよふ
ぬかるみもかはくけふのみち
・近づいてゆく山の紅葉の残つてゐる
・どつかりと腰をおろしたのが土の上で
・三界万霊の石塔傾いてゐる
ころがつてゐる石の一つは休み石
・酔がさめて埃つぽい道となる
からだあたゝまる心のしづむ(武蔵温泉)
[#ここで字下げ終わり]
福岡の中州をぶら/\歩いてゐると、私はほんたうに時代錯誤的だと思はずにはゐられない、乞食坊主が何をうろ/\してると叱られさうな気がする(誰に、――はて誰にだらう)。
すぐれた俳句は――そのなかの僅かばかりをのぞいて――その作者の境涯を知らないでは十分に味はへないと思ふ、前書なしの句といふものはないともいへる、その前書とはその作者の生活である、生活といふ前書のない俳句はありえない、その生活の一部を文字として書き添へたのが、所謂前書である。
十二月八日[#「十二月八日」に二重傍線] 晴后曇、行程四里、松崎、双之介居。
八時頃、おもたい地下足袋でとぼ/\歩きだした、酒壺洞君に教へられ勧められて双之介居を訪ねるつもりなのである、やうやく一時過ぎに、松崎といふ田舎街で『歯科口腔専門医院』の看板を見つける、ほんたうに、訪ねてよかつた、逢つてよかつたと思つた、純情の人双之介に触れることが出来た(同時に酔つぱらつて、グウタラ山頭火にも触れていたゞいたが)、まちがいのないセンチ、好きにならずにはゐられないロマンチシズム、あまりにうつくしい心の持主で、醜い自分自身を恥ぢずにはゐられない双之介、ゆたかな芸術的天分を発揮しないで、恋愛のカクテルをすゝりつゝある人――さういつたものを、しんみりと感じた。
開業所、宿泊所、飲食所、それがみんな別々なのも面白い、いかにも双之介的らしい、このあたりは悪くない風景だが、太刀洗が近いので、たえず爆音が聞えるのは困る。……
昨日今日は近代科学に脅やかされた、その適切な一例として、右は汽車が走る、左は電車が走る、そのまんなかを自動車が走る、法衣を着て網代笠をかかつた私が閉口するのも無理はあるまい、閉口しなければウソだ。
道を訊ねる、答へる人の人間的価値がよく解る、今日も度々道を訊ねたが、中年の馬車挽さんは落第、若い行商人は満点だつた、教へるならば、深切に、人情味のある答を望むのは無理かな。
[#ここから2字下げ]
しんせつに教へられた道の落葉
・つめたい雨のうつくしい草をまたぐ
大木に腰かけて旅の空
立札の下手くそな文字は「節倹」
山茶花散つて貧しい生活
坊さん二人下りたゞけの山の駅の昼(追加)
大金持の大樅の木が威張つてゐる
・空の爆音尿してゐる(太刀洗附近)
・たゝへた水のさみしうない
また逢つた薬くさいあんたで(追加)
・降るもよからう雨がふる
夕空低う飛んで戻た[#「戻た」に「マヽ」の注記](飛行機)
暮れてもまだ鳴きつゞける鵙だ
[#ここで字下げ終わり]
今夜は酔ふた、すつかり酔つぱらつて自他平等、前後不覚になつちやつた、久しぶりの酔態だ、許していたゞかう。
十二月九日[#「十二月九日」に二重傍線] 雨后晴、双之介居滞在(本郷上町今村氏方)
よい一日だつた、勧められるまゝに滞在した、酒を飲んで物を考へて、さてどうしようもないが、どうしようもないまゝでよかつた、日記をつけたり、近所のお寺へまゐつたりした、……そして田園情調を味はつた、殊に双之介さんが帰つて、床を並べて、しんみり話し合つてゐるところへ、家の人から御馳走になつた焼握飯《ヤキムスビ》はおいしかつた。
双之介さんと対座してゐると、人間といふものがなつかしうなる、それほど人間的温情の持主だ、同宿の田中さん(双之介さんと同業の友達)もいゝ人物だつた、若さが悩む悶えを聞いた。
[#ここから3字下げ]
みあかしゆらぐなむあみだぶつ(お寺にて)
自動車まつしぐらに村の夕闇をゆるがして行つた
[#ここで字下げ終わり]
十二月十日[#「十二月十日」に二重傍線] 晴、行程六里、善導寺、或る宿(二五・中)
九時近くなつて、双之介さんに送られて、田主丸の方へ向ふ、別れてから、久しぶりに行乞を初めたが、とても出来ないので、すぐ止めて、第十九番の札所に参拝する、本堂庫裡改築中で落ちつきがない、まあ市井のお観音様といつた感じである、こゝから箕ノ山の麓を善導寺までの三里は田舎路らしくてよかつた、箕ノ山といふ山はおもしろい、小さい山があつまつて長々と横は[#「横は」に「マヽ」の注記]つてゐるので
前へ
次へ
全44ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング