ある、陽をうけて、山脈が濃淡とり/″\なのもうつくしかつた、途中、第十八番の札所へ詣るつもりだつたが、宿の都合が悪く、日も暮れかけたので、急いで此宿を探して泊つた、同宿者が多くてうるさかつた、日記を書くことも出来ないのには困つた、床についてからも嫌な夢ばかり見た、四十九年の悪夢だ、夢は意識しない自己の表現だ、何と私の中には、もろ/\のものがひそんでゐることよ!
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・旅は雀もなつかしい声に眼ざめて
・落葉うづたかく御仏ゐます
・行き暮れて水の音ある
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十二月十一日[#「十二月十一日」に二重傍線] 晴、行程七里、羽犬塚、或る宿(二〇・中ノ上)
朝早く、第十八番の札所へ拝登する、山裾の静かな御堂である、札所らしい気分になる、そこから急いで久留米へ出て、郵便局で、留置の雑誌やら手紙やらを受け取る、こゝで泊るつもりだけれど、雑踏するのが嫌なので羽犬塚まで歩く、目についた宿にとびこんだが、きたなくてうるさいけれど、やすくてしんせつだつた。
霜――うらゝか――雲雀の唄――櫨の並木――苗木畑――果実の美観――これだけ書いておいて、今日の印象の備忘としよう。
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・大霜の土を掘りおこす
枯草ふみにじつて兵隊ごつこ
うらゝかな今日の米だけはある
さうろうとしてけふもくれたか
街の雑音も通り抜けて来た
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十二月十二日[#「十二月十二日」に二重傍線] 晴、行程六里、原町、常盤屋(三〇・中)
思はず朝寝して出立したのはもう九時過ぎだつた、途中少しばかり行乞する、そして第十七番の清水寺へ詣でる、九州西国の札所としては有数の場所だが、本堂は焼失して再興中である、再興されたら、随分見事だらう、こゝから第十六番への山越は□□□にない難路だつた、そこの尼さんは好感を与へる人だつた、こゝからまた清水寺へ戻る別の道も難路だつた、やうやく前の道へ出て、急いでこゝに泊つた、共同風呂といふのへはいつた、酒一合飲んだらすつかり一文なしになつた、明日からは嫌でも応でも行乞を続けなければならない。
行乞! 行乞のむづかしさよりも行乞のみじめさである、行乞の矛盾[#「行乞の矛盾」に傍点]にいつも苦しめられるのである、行乞の客観的意義は兎も角も、主観的価値に悩まずにゐられないのである、根本的にいへば、私の生存そのものゝ問題である(酒はもう問題ではなくなつた)。
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・日向の羅漢様どれも首がない(清水寺)
・山道わからなくなつたところ石地蔵尊
明日は明日のことにして寝ませうよ
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遍路山道の石地蔵尊はありがたい、今日は石地蔵尊に導かれて、半里の難路を迷はないで巡拝することが出来た。
今夜の宿も困つた、やつと蝋燭のあかりで、これだけ書いた、こんなことにも旅のあはれが考へられる。……
十二月十三日[#「十二月十三日」に二重傍線] 曇、行程四里、大牟田市、白川屋( [#「 」に「マヽ」の注記] )
昨夜は子供が泣く、老爺がこづく、何や彼やうるさくて度々眼が覚めた、朝は早く起きたけれど、ゆつくりして九時出立、渡瀬行乞、三池町も少し行乞して、普光寺へ詣でる、堂塔は見すぼらしいけれど景勝たるを失はない、このあたりには宿屋――私が泊るやうな――がないので、大牟田へ急いだ、日が落ちると同時に此宿へ着いた、風呂はない、風呂屋へ行くほどの元気もない、やつと一杯ひつかけてすべてを忘れる。……
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痰が切れない爺さんと寝床ならべる
・孫に腰をたゝかせてゐるおぢいさんは
・眼の見えない人とゐて話がない
水仙一りんのつめたい水をくみあげる
水のんでこの憂欝のやりどころなし
あるけばあるけば木の葉ちるちる
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先夜同宿した得体の解らない人とまた同宿した、彼は自分についてあまりに都合よく話す、そんなに自分が都合よく扱へるかな!
私はどうやらアルコールだけは揚棄することが出来たらしい、酒は飲むけれど、また、飲まないではゐられまいけれど、アルコールの奴隷にはならないで、酒を味ふことが出来るやうになつたらしい。
冬が来たことを感じた、うそ寒かつた、心細かつた、やつぱりセンチだね、白髪のセンチメンタリスト! 笑ふにも笑へない、泣くにも泣けない、ルンペンは泣き笑ひする外ない。
夜、寝られないので庵号などを考へた、まだ土地も金も何もきまらないのに、もう庵号だけはきまつた、曰く、三八九庵[#「三八九庵」に傍点](唐の超真和尚の三八九府に拠つたのである)。
十二月十四日[#「十二月十四日」に二重傍線] 晴、行程二里、万田、苦味生居、末光居。
霜がまつしろにおりてゐる、冷たいけれど晴れきつてゐる、きょうは久振に苦味生さ
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