つすぐに福岡へ急ぐ、十二時前には、すでに市役所の食堂で、酒壺洞君と対談することが出来た(市役所で、女の給仕さんが、酒壺洞君から私の事を聞かされてゐて、うろ/\する私を見つけて、さつそく酒壺洞君を連れて来てくれたのはうれしかつた)、退庁まではまだ時間があるので、後刻を約して札所めぐりをする、九州西国第三十二番は龍宮寺、第三十一番は大乗寺、どちらも札所としての努力が払つてない、もつと何とかしたらよさゝうなものだと思ふ。
夜は酒壺洞居で句会、時雨亭さん、白楊さん、青炎郎さん、鳥平さん、善七さんさ[#「さ」に「マヽ」の注記]んに逢つて愉快だつた、散会後、私だけ飲む、寝酒をやるのはよくないのだけれど。……
さすがに福岡といふ気がする、九州で都会情調があるのは福岡だけだ(関門は別として)、街も人も美しい、殊に女は! 若い女は! 街上で電車切符売が多いのも福岡の特色だ。
存在の生活[#「存在の生活」に傍点]といふことについて考へる、しなければならない、せずにはゐられないといふ境を通つて来た生活、『ある』と再認識して、あるがまゝの生活、山是山から山非山を経て山是山となつた山を生きる。……
役所のヒケのベルの音、空家の壁に張られたビラの文字、――酒呑喜べ上戸党万歳!
……たゞこの二筋につながる、肉体に酒、心に句、酒は肉体の句で、句は心の酒だ、……この境地からはなか/\出られない。……
[#ここから2字下げ]
・ボタ山も灯つてゐる
別れる夜の水もぞんぶんに飲み
・しぐるゝ今日の山芋売れない
親一人子一人のしぐれ日和で
新道まつすぐな雨にぬれてきた
砂利を踏む旅の心
焼き捨てる煙である塵である
車、人間の臭を残して去つた
地下室を出て雨の街へ
飾窓の人形の似顔にたゝずむ
大根ぬいてきておろして下さるあんただ(次郎さんに)
・濡れてもかまはない道のまつすぐ
窓をあけた明るい顔だつた
水を挾んでビルデイングの影に影
お寺の大銀杏散るだけ散つた
・ぬれてふたりで大木を挽いてゐる
しぐるゝやラヂオの疳高い声
買ふことはない店を見てまはつてる
・窓の中のうまいもの見てゐるか
どの店も食べるものばかりひろげて
・よんでも答へない彼についてゆく
十二月の風も吹くにまかさう(寸鶏頭さんに)
[#ここで字下げ終わり]
十二月六日[#「十二月六日」に二重傍線] 雨、福岡見物、彷徨五里、時雨亭居。
眼がさめて、あたりを見まはすと、層雲文庫[#「層雲文庫」に傍点]の前だ、酒壺洞君は寝たまゝでラヂオを聞いてゐる、私にも聴かせてくれる、今更ながら機械の力に驚かずにはゐられない、九時、途中で酒君に別れて、雨の西公園を見物する、それからまた歩きつゞけて、名島の無電塔や飛行場見物、ちようど郵便飛行機が来たので、生れて初めて、飛行機といふものを近々と見た。
時雨亭さんは神経質である、泊るのは悪いと思つたけれど、やむなく今夜は泊めて貰ふ、酒壺洞君もやつてきて、十二時頃まで話す。
今日は朝のラヂオから夕の飛行機まで、すつかり近代科学の見物だつた、無論、赤毛布! いや黒合羽だつた!
[#ここから2字下げ]
朝の木の実のしゞま
降るまゝ濡れるまゝで歩く
・赤い魚すぐ売れた
泥をあびせられつゝ歩くこと
・雨の公園のロハ台が見つからない
・すさんだ皮膚を雨にうたせる
・ふけてアスフアルトも鈴蘭燈もしぐれます
・さんざしぐれる船が出てゆく
・死ねない人の鈴《レイ》が鳴る
墓をおしのけレールしく
松原ほしいまゝな道を歩く(名島風景)
・正しく並んで烟吐く煙突四本( 〃 )
飛行機着いたよ着いたよ波
飛行機飛んで行つた虹が見える
無電塔、またしぐれだした
蚤も虱もいつしよに寝ませう
暮れ残る頂の枯すゝき
すさまじい響の大空曇る
[#ここで字下げ終わり]
時雨亭さんは近代人、都会人であることに疑いない、あまり神経がこまかくふるへるのが対座してゐる私の神経にもつたはつて、時々私自身もやりきれないやうに感じけ[#「じけ」に「マヽ」の注記]れど、やつぱり好意の持てる人である。
十二月七日[#「十二月七日」に二重傍線] 晴、行程四里、二日市町、わたや(三〇・中)
早く眼は覚めたが――室は別にして寝たが――日曜日は殊に朝寝する時雨亭さんに同情して、九時過ぎまで寝床の中で漫読した、やうやく起きて、近傍の大仏さんに参詣して回向する、多分お釈迦さんだらうと思ふが、大衆的円満のお姿である、十一時近くなつて、送られて出立する、別れてから一時頃まで福岡の盛り場をもう一度散歩する、かん酒屋に立ち寄つて、酢牡蠣で一杯やつて、それでは福岡よ、さよなら!
ぽか/\と小春日和だ、あまり折れ曲りのない道をこゝまで四里、酔が醒めて、長かつた、労いた[#「いた」に「マヽ」の注
前へ
次へ
全44ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング