家があるその壁の蔦紅葉
 蓬むしれば昔なつかし
 水はたゝへてわが影うつる(水源地風景)
・をり/\羽ばたく水鳥の水(  〃  )
・水を前に墓一つ
 好きな山路でころりと寝る
・そよいでるその葉が赤い
 小皿、紫蘇の実のほのかなる(雲関亭即事)
・さみしい顔が更けてゐる
 風が冷い握手する
 竹植ゑてある日向の家
 まつたく裸木となりて立つ(雲関亭即事)
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 十一月廿六日[#「十一月廿六日」に二重傍線] 晴、行程八里、半分は汽車、緑平居(うれしいといふ外なし)

ぐつすり寝てほつかり覚めた、いそがしく飲んで食べて、出勤する星城子さんと街道の分岐点で別れる、直方を経て糸田へ向ふのである、歩いてゐるうちに、だん/\憂欝になつて堪へきれないので、直方からは汽車で緑平居へ驀進した、そして夫妻の温かい雰囲気に包まれた。……
昧々居から緑平居までは歓待優遇の連続である、これでよいのだらうかといふ気がする、飲みすぎ饒舌りすぎる、遊びすぎる、他の世話になりすぎる、他の気分に交りすぎる、勿躰ないやうな、早[#「早」に「マヽ」の注記]敢ないやうな心持になつてゐる。
山のうつくしさよ、友のあたゝかさよ、酒のうまさよ。
今日は香春岳のよさを観た、泥炭山《ボタヤマ》のよさも観た、自然の山、人間の山、山みなよからざるなし。
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 あるだけの酒飲んで別れたが(星城子君に)
 眼が見えない風の道を辿る
・十一月二十二日のぬかるみをふむ(歩々到着)
・夜ふけの甘い物をいたゞく(四有三居)
 傷づいた手に陽をあてる
 晴れきつて真昼の憂欝
 はじめての鰒のうまさの今日(中津)
 ボタ山ならんでゐる陽がぬくい
・ひとすぢに水ながれてゐる
・重いドアあけて誰もゐない
 枯野、馬鹿と話しつゞけて
 憂欝を湯にとかさう
・地下足袋のおもたさで来て別れる
 ボタ山の下でまた逢へた(緑平居)
 また逢うてまた酔うてゐる( 〃 )
・小菊咲いてまだ職がない(闘牛児君に)
 留守番、陽あたりがよい
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駅で、伊豆地方強震の号外を見て驚ろいた、そして関東大震災当時を思ひ出した、そして諸行無常を痛感した、観無常心が発菩提心となる、人々に幸福あれ、災害なかれ、しかし無常流転はどうすることも出来ないのだ。
緑平居で、プロ文士同志の闘争記事を読んで嫌な気がした、人間は互に闘はなければならないのか、闘はなければならないならば、もつと正直に真剣に闘へ。
此二つの記事が何を教へるか、考ふべし、よく考ふべし。

 十一月廿七日[#「十一月廿七日」に二重傍線] 晴、読書と散歩と句と酒と、緑平居滞在。

緑平さんの深切に甘えて滞在することにする、緑平さんは心友だ、私を心から愛してくれる人だ、腹の中を口にすることは下手だが、手に現はして下さる、そこらを歩い見[#「い見」に「マヽ」の注記]たり、旅のたよりを書いたりする、奥さんが蓄音機をかけて旅情を慰めて下さる、――ありがたい一日だつた、かういふ一日は一年にも十年にも値する。
夜は二人で快い酔にひたりながら笑ひつゞけた、話しても話しても話は尽きない、枕を並べて寝ながら話しつゞけたことである。
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・生えたまゝの芒としてをく(緑平居)
・枝をさしのべてゐる冬木( 〃 )
 ゆつくり香春も観せていたゞく( 〃 )
・旅の或る日の蓄音機きかせてもらう( 〃 )
・風の黄ろい花のいちりん
 泥炭車《スキツプ》ひとりできてかへる
 泥炭山《ボタヤマ》ちかく飛行機のうなり
 夕日の机で旅のたより書く(緑平居)
・けふも暮れてゆく音につゝまれる
 あんなにちかいひゞきをきいてゐる(苦味生君に)
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糸田風景のよいところが、だん/\解つてきた、今度で緑平居訪問は四回であるが、昨日と今日とで、今まで知らなかつたよいところを見つけた、といふよりも味はつたと思ふ。

 十一月廿八日[#「十一月廿八日」に二重傍線] 晴、近郊探勝、行程三里、香春町(二五・中)

昨日もうらゝかな日和であつたが、今日はもつとほがらかなお天気である、歩いてゐて、しみ/″\歩くことの幸福を感じさせられた、明夜は句会、それまで近郊を歩くつもりで、八時緑平居を出る、どうも近来、停滞し勝ちで、あんまり安易に狎れたやうである、一日歩かなければ一日の堕落だ、などゝ考へながら河に沿うて伊田の方へのぼる、とても行乞なんか出来るものぢやない(緑平さんが、ちやんとドヤ銭とキス代とを下さつた、下さつたといへば星城子さんからも草鞋銭をいたゞいた)、このあたりの眺望は好きだ、山も水も草もよい、平凡で、そして何ともいへないものを蔵してゐる、朝霧にほんのりと浮びあがる香春、一ノ岳二ノ岳三ノ岳の姿にもひきつけられた、ボタ
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