山が鋭角を空へつきだしてゐる形もおもしろい(この記事も亦、別に書かう、秋ところ/″\の一節として書くに足るものだ)、ぶらりぶらり歩く、一歩は一歩のうらゝかさやすらかさである、句を拾つて来なさいといつて下さつた緑平さんの友情を思ひながら、――いつのまにか伊田まで来たが、展覧会があつた後で、何だかごた/\ゐ[#「\ゐ」に「マヽ」の注記]る、おちついて寝られるやうな宿がありさうにもないので、橋を渡つて香春へ向いてゆく、この道も悪くない、平凡のうれしさを十分に味ふ、香春岳はやつぱりいゝ、しかし私には少し奇峭に過ぎないでもない、それに対してなだらかな山なみが、より親しまれる、そのところ/″\の雑木紅葉がうつくしい(香春岳は遠くからか、或は近くから眺めるべき山だ、緑平居あたりからの遠山がよい、また、こゝまできて見あげてもよい)、十一時にはもう香春の町へ着いた、寂れた街である、久振に蕎麦を食べる、宿をとるにはまだ早すぎるので、街を出はづれて、高座寺へ詣る、石寺とよばれてゐるだけに、附近には岩石が多い、梅も多い、清閑を楽しむには持つてこいの場所だ、散り残つてゐる楓の一樹二樹の風情も捨てがたいものだつた(この辺は今春、暮れてから緑平さんにひつぱりまはされたところだ、また、因に書いておく、香春岳全山は禁猟地で、猿が数百匹野生して残存してゐる、見物に登らうかとも思つたが、あまり気乗りがしないので、やめた、二三十匹乃至二三百匹の野生猿が群がり遊んでゐる話を宿の主人から聞かされた)。
此宿は外観はよいが内部はよくない、たゞ広くて遠慮のないのが気に入つた、裏の川で洗濯をする、流れに垢をそゝぐ気分は悪くなかつた。
一浴一杯、それで沢山だつた、顔面頭部の皮膚病が、孤独の憂欝を濃くすることはするけれど。
[#ここから2字下げ]
 すくひあげられて小魚かゞやく
 はぎとられた芝土の日だまり
・菊作る家の食客してゐる
 そこもこゝも岩の上には仏さま(高座石寺)
 谺谺するほがらか
 鳴きかはしてはよりそふ家鴨
 枯木かこんで津波蕗の花
 つめたからう水底から粉炭《ビフン》拾ふ女
 火のない火鉢があるだけ
 落葉ふんでおりて別れる(緑平君に)
・みすぼらしい影とおもふに木の葉ふる(自嘲)
[#ここで字下げ終わり]

 十一月廿九日[#「十一月廿九日」に二重傍線] 晴、霜、伊田行乞、緑平居、句会。

大霜だつた、かなり冷たかつた、それだけうらゝかな日だつた、うらゝかすぎる一日だつた、ゆつくり伊田まで歩いてゆく、そして三時間ばかり行乞、一週間ぶりの行乞だ、行乞しなくてはならない自分だから、やつぱり毎日かゝさず行乞するのが本当だ。
行乞は雲のゆく如く、水の流れるやうでなければならない、ちよつとでも滞つたら、すぐ紊れてしまふ、与へられるまゝで生きる、木の葉の散るやうに、風の吹くやうに、縁があればとゞまり縁がなければ去る、そこまで到達しなければ何の行乞ぞやである、やつぱり歩々到着だ。
伊田で、八百屋の店頭に松茸が少しばかり並べてあつた、それを見たばかりで私はうれしかつた、松茸を見なかつた食べなかつた物足りなさが紛らされた(その松茸は貧弱なものだつたけれど)。
糒川の草原にすわつて、笠の手入れをしたり法衣のほころびを縫ふたりする、ついでに虱狩もした、香春三山がしつとりと水に映つてゐる、朝の香春もよかつたが、夕の香春もよい。
河岸には(伊田の街はづれの)サアカスが興業してゐた、若い踊子や象や馬がサー[#「ー」に「マヽ」の注記]カス気分を十分に発散させてゐた、バカホ[#「ホ」に「マヽ」の注記]ンド、ルンペン、君たちも私も同じ道を辿るのだね。
枯草の上で、老遍路さんとしみ/″\話し合つた、何と人なつかしい彼だつたらう、彼は人情に餓えてゐた、彼は老眼をしばたゝいてお天気のよいこと、人の恋しいこと、生きてゐることのうれしさとくるしさとを話しつゞけた(果して私はよい聞手だつたらうか)。
夜は緑平居で句会、門司から源三郎さん、後藤寺から次郎[#「郎」に「マヽ」の注記]さん、四人の心はしつくり融け合つた、句を評し生活を語り自然を説いた。
真面目すぎる次郎さん、温情の持主ともいひたい源三郎さん、主人公緑平さんは今更いふまでもない人格者である。
源三郎さんと枕をならべて寝る、君のねむりはやすらかで、私の夢はまどかでない、しば/\眼ざめて読書した。
日が落ちるまへのボタ山のながめは、埃及風景のやうだつた、とでもいはうか、ボタ山かピラミツドか、ガラ炭のけむり、たそがれる空。
オコリ炭、ガラ炭、ボタ炭、ビフン炭(本当のタドン)、等、等、どれも私の創作慾をそゝる、句もだいぶ出来た、あまり自信はないけれど。
[#ここから2字下げ]
 けふは逢へる霜をふんで(源三郎さんに)
 落葉拾ふてはひとり遊んでゐる
 
前へ 次へ
全44ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング