飲むのださうな、田舎からの入湯客は一日に五升も六升も飲むさうな、土着の人々も茶の代用としてがぶ/\飲むらしい、私もよく飲んだが、もしこれが酒だつたら! と思ふのも上戸の卑しさからだらう。
今夜は同宿者がある、隣室に支那人三連[#「三連」に「マヽ」の注記]れ(昨夜は私一人だつた)大人一人子供二人の、例の大道軽業の芸人である、大人は五十才位の、痘痕のある支那人らしい支那人、子供はだいぶ日本化してゐる、草津節をうたつてゐる、私に話しかけては笑ふ。
暮れてから、どしや降りとなつた、初霰が降つたさうな、もう雪がふるだらう、好雪片々別処に落ちず。――
今夜は飲まなかつた、財政難もあるけれど、飲まないでも寝られたほど気分がよかつたのである、それでもよく寝た。
繰り返していふが、こゝは湯もよく宿もよかつた、よい昼でありよい夜であつた(それでも夢を見ることは忘れなかつた!)
[#ここから2字下げ]
枯草山に夕日がいつぱい
しぐるゝや人のなさけに涙ぐむ
山家の客となり落葉ちりこむ
ずんぶり浸る一日のをはり
・夕しぐれいつまでも牛が鳴いて
夜半の雨がトタン屋根をたゝいていつた
・しぐるゝや旅の支那さんいつしよに寝てゐる
・支那の子供の軽業も夕寒い
・夜も働らく支那の子供よしぐれるな
ひとりあたゝまつてひとりねる
[#ここで字下げ終わり]
十一月十二日[#「十一月十二日」に二重傍線] 晴、曇、初雪、由布院湯坪、筑後屋(二五・上)
九時近くなつて草鞋をはく、ちよつと冷たい、もう冬だなと感じる、感じるどころぢやない、途中ちら/\小雪が降つた、南由布院、北由布院、この湯の坪までは四里、あまり行乞するやうなところはなかつた、それでも金十四銭、米七合いたゞいた。
湯の平の[#「湯の平の」はママ]入口の雑木山もうつくしかつたが、このあたりの山もうつくしい、四方なだらかな山に囲まれて、そして一方はもく/\ともりあがつた由布岳――所謂、豊後富士――である、高原らしい空気がたゞようてゐる、由布岳はいい山だ、おごそかさとしたしさとを持つてゐる、中腹までは雑木紅葉(そこへ杉か檜の殖林が割り込んでゐるのは、経済的と芸術的との相剋である、しかしそれはそれとしてよろしい)、中腹から上は枯草、絶頂は雪、登りたいなあと思ふ。
此地方は驚くほど湯が湧いてゐる、至るところ湯だ、湯で水車のまはつてゐるところもあるさうな。
由布院といふところは――南由布院、北由布院と分れてゐるが、それは九州としては気持のよい高原であるが、こゝは由布院中の由布院ともいふべく、湯はあふれてゐるし、由布岳は親しく見おろしてゐる、村だから、そここゝにちらほら家があつて、それがかなり大きな旅館であり料理屋である、――とにかく清遊地としては好適であることを疑はない。
山色夕陽時といふ、私は今日幸にして、落日をまともに浴びた由布岳を観たことは、ほんたうにうれしい。
この宿は評判だけあつて、気安くて、深切で、安くて、よろしい、殊に、ぶく/\湧き出る内湯は勿体ないほどよろしかつた。
[#ここから2字下げ]
・刺青あざやかな朝湯がこぼれる
洗うてそのまゝ河原の石に干す
寝たいだけ寝たからだ湯に伸ばす
別れるまへの支那の子供と話す
・水音、大声で話しつゞけてゐる
支那人が越えてゆく山の枯すゝき
また逢うた支那のおぢさんのこんにちは
[#ここで字下げ終わり]
同宿三人、みんな同行だ、みんな好人物らしい、といふよりも好人物にならなくてはならなかつた人々らしい、みんな一本のむ、私も一本のむ、それでほろ/\とろ/\天下泰平、国家安康、家内安全、万人安楽だ(としておく、としておかなければ生きてゐられない)。
十一月十三日[#「十一月十三日」に二重傍線] 曇、汽車で四里、徒歩で三里、玖珠町、丸屋(二五・中ノ上)
早く起きて湯にひたる、ありがたい、此地方はすべて朝がおそいから、大急ぎで御飯をしまうて駅へ急ぐ、八時の汽車で中村へ、九時着、二時間あまり行乞、ぼつ/\歩いて二時玖珠町着、また二時間あまり行乞、しぐれてさむいので、こゝへ泊る、予定の森町はすぐそこだが。
山国はやつぱり寒い、もうどの家にも炬燵が開いてある、駅にはストーブが焚いてある、自分の姿の寒げなのが自分にも解る。
北由布から中村までの山越は私の好きな道らしい、前程を急ぐので汽車に乗つたのは残念だつた、雑木山、枯草山、その間を縫うてのぼつたりくだつたりする道、さういふ道をひとり辿るのが私は好きだ、いづれまた機縁があつたら歩かせてもらはう。
今日もべんたうは草の上で食べたが、寒かつた、冷たかつた。
このあたりの山はよい、原もよい、火山型の、歪んだやうな荒涼とした姿である、焼野焼山といつた感じだ。
これは今日の行乞に限つたことではないが、非人間的、とい
前へ
次へ
全44ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング