ツと眼先がかすんで、林檎の梢に鋭鎌《とぎかま》のような三日月がかかつているのさえ、ろくに眼に入らなかつた。
 枝もたわわな林檎はたいてい袋をかぶつていたが、そうでないのは夜露にぬれてつや/\と光つていた。
 どこか近くで夜鳥がギヤツと一声鳴いた。
「学校でいちばん好きな生徒であつたよ」
 そう言いながら、佐太郎は女の手をひいて一本の林檎の木の根がたに棄ててある林檎箱に腰かけさせた。
 つづいて自分も腰をおろしたとき、箱がメリ/\とつぶれて、佐太郎はうしろにひつくり返りそうになつた。転ぶのを踏みこたえようとしたとき、やはり同様によろめいていた女に、思わず[#「思わず」は底本では「思はず」]抱きついていた。
 直きに佐太郎は女に最後のあるものを求めていた。
 だが、あんなにそれまで従順だつた初世が、ハツキリとそれを拒んだ。そうなると、このごろ田圃に下りてなか/\の働き者という評判の初世は、相当に手強くて、佐太郎がよほど乱暴をはたらかないかぎりは、どうにもなりそうでなかつた。
 手強くこばまれると、もと/\ここまで女をひつぱつて来た自分の大胆さをむしろ不思議に思つていた佐太郎は、急に気弱くな
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