てしまつたのだつた。
 つづいて田植、除草と、天気のいい日に、手甲手蔽の甲斐々々しさで菅笠のかげに紅い頬をホンノリ匂わせた初世の姿を見かけないことはなかつた。足のわるい源治の姿が、ヒヨツコリ/\奴凧みたいに、そういう初世にいつもつきまとつて動いていた。
 家では佐太郎の陰膳を据えることを、初世は毎日朝晩欠かしたことがなかつた。

       五

 明後日から田植《さつき》にかかるつもりの眼のまわる忙しい日だつたが、作業は休みということになつて、母親のタミと初世の二人は、御馳走ごしらえにいそがしかつた。
 自分の陰膳の据えられた仏壇を拝んでから爐ばたの足高膳の前に坐つた佐太郎は、五年ぶりのドブロクの盃を三つ四つ、重ねるうちに、もういい加減酔つてしまつた。
 思いがけなく突然生きて戻つて来た長男と、差し向いで盃を重ねていた源治は、やがてゴロリと膳のわきに寝ころがつた佐太郎に向つて、水屋の方にいる初世をチヨイ/\と振りかえりながら、言い出した。
「なあ、お前の写真の前で盃事したどもなあ、田植出来したら改めて祝儀するべやなあ、なんぼ金かかつたつて、これだけは一生に一度のことだからなあ」
 
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